EICOグループのメンバーを中心に、科学研究費特定領域研究(B)「電子励起を用いた原子分子操作」のA01放射光班として、「放射光による原子分子操作」の課題で研究を行った。
研究組織
研究目的
価電子はランプやレーザーのような従来の光源が持っている低いエネルギーによって励起が可能であるが、内殻電子を励起するためには放射光のような高エネルギー源が必要であり、励起によって分子や表面は高エネルギー状態となる。また、分子全体に非局在化している価電子と異なり、内殻電子は元々属していた原子付近に局在化している。これらの結果、内殻励起によって起こる解離過程は、価電子励起の場合と大きく異なっている。特に、同じ元素の同じ内殻の準位でも、その原子の周囲の環境によって内殻電子の励起エネルギーは変化する。そこで、照射光のエネルギーを厳密に選ぶと、分子を構成する原子や表面上の原子のうち、特定の原子のみを選択的に励起することが可能である。その結果、その原子との結合だけが選択的に切れるようなサイト選択的解離反応を起こすことができる。放射光を用いると、こうした内殻電子の選択的な励起が可能になる。以上のような内殻励起の特徴と放射光の利点に基づいて、我々は、放射光による原子分子操作を研究する。内殻電子の局在性を利用すると、放射光を光のナイフとして用いた全く新しいタイプの材料加工技術を開発することができる。有機金属分子の内殻準位からの光イオン化後の解離反応は、半導体製造プロセスにおける光化学気相蒸着の観点からも興味深い。また、他班との協力により、放射光励起と他の励起法(可視光、電子線、多価イオン)とによる表面反応の比較を行い、原子分子操作に放射光内殻励起を用いる利点を明らかにする。
研究計画・方法
(1) 表面分子研究用の高感度高分解能電子?イオン同時計数装置を制作する。本装置は、放射光励起によって放出される電子とイオンをそれぞれエネルギーと質量を選別して同時に検出する。本装置を用いると、内殻電子励起状態あるいはオージェ終状態を選別して、解離イオンの収量を定量的に測定することが可能であり、本研究の目的に最も適している。さらに本装置は、高感度高分解能でイオンの運動エネルギーも選別して検出するという特徴を備えており、世界的に前例のない装置である。装置は、高真空槽、電子-イオン同時計数分析装置、電源、測定系、電子銃、ガス導入、排気系、などから構成される。同時計数分析装置は2組の共焦点共軸型鏡面円筒形電子エネルギー分析器(CMA)から構成される。CMAにより電子とイオンをエネルギー選別して検出し、電子の検出信号をトリガーとして、イオンをマルチチャンネルスケーラーで測定する。(間瀬・田中・関谷・長岡)
(2) Si上に吸着したCF3CH2OH, CF3CD(OH)CH3, N2O, CH3COOHのような吸着構造が既に知られている分子に対してサイト選択的な解離の研究を進め、放射光による表面での原子分子操作法の開発を行う。この中でN2Oの研究は、光照射でSiO2単分子層を作成する研究との関連で興味深い。また、光エッチングとの関連で興味深いSi(100)-F、Si(111)-Fや光照射でSiO2やSiN単分子層を作成する研究との関連で興味深いSi(100)-OH、Si(100)-NH3についても実験を行う。(長岡・間瀬・田中・関谷)
(3) Si結晶表面上における欠陥とノーマルのように結合状態の違うサイトでのサイト選択的なイオン脱離を研究するために、欠陥や結合状態の異なるサイトが導入されたSi結晶(A02レーザー表面班から供給)に放射光内殻励起を行い、ケイ素イオンの脱離もしくは表面に吸着させた水などのプローブのイオン脱離を研究し、欠陥や結合状態の違いによって生じるサイト選択的な解離を明らかにする。(長岡・間瀬・田中・関谷)
(4) 表面上に凝縮させたSi(CH3)3(CH2)n SiF3,(n =0-3)について実験とGAUSSIAN-94を用いたab initio計算を行い、サイト選択的な解離が明瞭に観測されるには、サイト間距離がどの程度離れていなければならないかを検討する。こうした研究は、サイト間相互作用がサイト選択性に与える影響を明らかにするために重要である。また、こうした研究は、有機ケイ素分子を用いた半導体製造プロセスにおける光化学気相蒸着の観点からも興味深い。(長岡・間瀬・田中・信定)
(5) MOLPROとCASSCFを用いて代表的なサイト選択的解離の可能性がある小さな分子のポテンシャル曲面を求め、その上で分子動力学的計算を行い、サイト選択的な解離を理論的に明らかにする。(信定)
(6) 異なる励起法であっても半導体上に生成する欠陥が同一のものであるかどうかを明らかにする(副次的効果の分離)ために次の実験を行う。
a) 軟X線をSi結晶(多分かなりdefective)に照射し、Siの1s内殻励起を起こすことによって欠陥を導入(電気抵抗で検出)する。この試料をA07荷電制御班に供給し、電子準位、構造等、欠陥のキャラクタリゼーションを依頼する。(間瀬・関谷・長岡)
b) A04電子線班やA06多価イオン班と協力して電子あるいは低速イオン励起によるオージェ電子-光イオン同時計数装置を開発して、励起法による半導体欠陥生成機構の違いを解明する。(間瀬・関谷・長岡)
1999年の研究実績
同じ元素の同じ内殻の準位でも、その原子の周囲の環境によって内殻電子の励起エネルギーは変化する。そこで、照射光のエネルギーを厳密に選ぶと、分子を構成する原子や表面上の原子のうち、特定の原子のみを選択的に励起することが可能である。その結果、その原子との結合だけが選択的に切れるようなサイト選択的解離反応を起こすことができる。放射光を用いると、こうした内殻電子の選択的な励起が可能になる。以上のような内殻励起の特徴と放射光の利点に基づいて、我々は、放射光による原子分子操作を研究した。内殻電子の局在性を利用すると、放射光を光のナイフとして用いた全く新しいタイプの材料加工技術を開発することができる。有機金属分子の内殻準位からの光イオン化後の解離反応は、半導体製造プロセスにおける光化学気相蒸着の観点からも興味深い。
気体及び表面分子研究用の高感度高分解能電子・イオン同時計数装置を制作している。本装置は、放射光励起によって放出される電子とイオンをそれぞれエネルギーと質量を選別して同時に検出する。本装置を用いると、内殻電子励起状態あるいはオージェ終状態を選別して、解離イオンの収量を定量的に測定することが可能であり、本研究の目的に最も適している。
Si上に吸着した1,1,1-トリフルオロイソプロパノール-d1に対してサイト選択的な解離の研究を進め、放射光による表面での原子分子操作法の開発を行った。
表面上に凝縮させたトリフルオロシリルトリメチルシリルアルカンについて実験とGAUSSIAN-94を用いたab initio計算を行い、サイト選択的な解離が明瞭に観測されるには、サイト間距離がどの程度離れていなければならないかを明らかにした。こうした研究は、サイト間相互作用がサイト選択性に与える影響を明らかにするために重要である。また、こうした研究は、有機ケイ素分子を用いた半導体製造プロセスにおける光化学気相蒸着の観点からも興味深い。
ab initio計算を用いて内殻励起後の水分子のポテンシャル曲面を求め、解離のメカニズムを理論的に明らかにした。
2000年の実績
気体及び表面分子研究用の高感度高分解能電子・イオン同時計数装置3台を製作して性能評価を行っている。本装置は、放射光励起によって放出される電子とイオンをそれぞれエネルギーと質量を選別して同時に検出する。本装置を用いると、内殻電子励起状態あるいはオージェ終状態を選別して、解離イオンの収量を定量的に測定することが可能であり、本研究の目的に最も適している。
Si上に吸着した1,1,1-トリフルオロイソプロパノール-d1に対してサイト選択的な解離の機構を明らかにし、放射光による表面での原子分子操作法の開発を進めた。
ab initio計算を用いて求められた内殻励起後の水分子のポテンシャル曲面を反応動力学的に解釈し、解離のメカニズムを理論的に明らかにした。
電子・イオン同時計数装置を用いて、表面上に凝縮したトリフルオロエタン (CF3CH3)のサイト選択的解離を研究した。 トリフルオロシリルトリメチルシリルアルカンと同様に、 表面上に凝縮した分子のサイト選択的解離は気相の場合と大きく異なる。 これは、気相では再中性化がほとんど起こらず、ほとんど全ての生成イオンが検出されるため、スペクトルは全ての解離過程の平均にしかならないけれども、凝縮状態では高速で高いエネルギーを与えられて起こるサイト選択的過程が選択的に観測されるためと考えられる。また、 Si(100)上に化学吸着した2,2,2-トリフルオロエタノールのサイト選択的解離では吸着構造が解離に大きな影響を与えることがわかった。
2001年の実績
気体及び表面分子研究用の高感度高分解能電子・イオン同時計数装置 3台を製作して性能評価を行い、旧型器に比べて分解能が大きく向上することがわかった。珪素単結晶においてSi:2p内殻電子イオン化と同時に生成する水素イオンについて予備的な結果を得た。
電子・イオン同時計数装置を用いて、 PMMA薄膜において炭素内殻領域と酸素内殻領域でのサイト選択的解離を研究した。顕著な結合切断は、注目する結合の両端原子のいずれかの内殻電子をその結合に対して解離性を示す共鳴励起状態に励起する場合や、注目する結合に対して結合性を示す価電子軌道に正孔を生じるオージェ過程を経由する場合に起こることがわかった。 こうした実験結果も未来の分子素子の設計において一つの重要な指導原理になりうるであろう。
内殻励起を引き金とした光化学反応をコントロールするためには、その機構を知らなければならない。従来は、固体表面からのイオン脱離機構については、ノテック・ファイベルマン機構が提唱され、一般に受け入れられてきた。しかし、 電子・イオン同時計数装置を用いて、 ZnOやTiO2表面からのイオン脱離の研究を行い、遷移金属酸化物表面からの金属内殻電子の励起によるイオン脱離のメカニズムとして、 ノテック・ファイベルマン機構における原子間オージェではなく、小谷・豊沢メカニズムを考えるのが適当ではないかと推測される結果を得た。
放射光による表面での原子分子操作法の開発を進めるためには、出発点である内殻励起状態の分子系の振る舞いを詳細に調べることが重要である。そこで、簡単な三原子分子系である二酸化炭素を対象として、内殻励起分子が関与する素過程の ab initio計算を行い、振動構造を含むイオン収量スペクトルを再現することができた。