放射光による表面・界面構造研究(1995年)
編:高エネルギー加速器研究機構物質構造科学研究所放射光研究施設(KEK-PF) 北島 義典
yoshinori.kitajima@kek.jp
2001年 3月20日更新
本稿は、1995年に当時の高エネルギー物理学研究所放射光実験施設が評価委員会用資料としてまとめたものから、第7章「放射光利用研究成果」第2節「放射光利用研究の成果」の6「表面・界面の構造研究」の文章テキストのみを転載したものです。図は著作権の問題があるため掲載していませんが、参考のため説明だけを含めました。
なお、資料「放射光実験施設 フォトンファクトリー −現状と成果− 1995年7月」(A4;400ページ)は残部がある限り希望者にお送りすることが可能です。order numberとして「O01」とお書きになり、送付先(住所、所属、氏名)、e-mail addressを明記して、PF秘書室 pf-sec@pfiqst.kek.jp まで電子メールでご請求下さい。
2.6.1 「表面・界面の構造研究」の意義
固体や液体の表面・固体と固体の界面・固体と液体の界面では、しばしばその物質の内部(バルク)とは全く異なる構造を取ることがあり、それが表面・界面に特有の物理的・化学的性質を支配していると考えられている。物質の構造を知ることがその物性を理解するための基礎となることは言うまでもなく、表面・界面における原子配列の研究も盛んに行われている。原子はÅオーダーの大きさを持ち、その配列は同程度の波長を持つX線や電子線の回折効果を利用して主に研究されている。X線回折(XRD)およびX線吸収微細構造(XAFS)による原子配列の解析における放射光の重要性については2.4および2.5でそれぞれ詳しく述べられているが、ここでは特に表面・界面の構造研究という観点からまとめることとしたい。
2.6.2 「表面・界面の構造研究」における放射光の重要性
STMで見えたもの、見えないもの
ちょうど PF が運転を開始した 1982 年に発明された走査型トンネル顕微鏡(STM)は、表面構造研究者に大きな衝撃を与えた。それまでいろいろな方法で表面の構造が研究されていたものの、STM による実空間での観察を目のあたりにして、表面の構造についての理解が急速に進展している。特に1983 年に発表された Si(111) - 7×7 表面のSTM像は、種々の実験結果から提唱されていた構造モデルの論争に終始符を打つこととなり、STM の有用性を広く一般に認識させるものになった。以来 10 年余りの間に、様々な半導体や金属の表面における特異な構造が STM によって観測されており、例えば、結晶成長・腐食・触媒など表面で進行する反応が、表面にしか存在しない構造を経由することが解ってきた。最近では、超高真空中のみならず溶液中においても“よく規定された”金属単結晶表面が得られることが観察されている。しかしながらSTMで得られる原子位置の精度は、特に面内方向にあっては 0.3 Å程度しかなく、原子間距離や結合角などの構造パラメータを精密に決定することはできない。従って STM の観察だけでは、表面反応のメカニズムを原子レベルで解明するまでには到っておらず、回折効果を利用した精密な構造情報を組み合わせていくことが不可欠である。
また固体表面・固体と液体の界面の構造研究に威力を発揮する STM も、固体と固体の界面については全く無力である。エレクトロニクスの分野を引っ張ってきている全ての半導体デバイスの動作は、p-n 接合・ヘテロ半導体界面・金属/半導体界面・絶縁体/半導体界面といった界面が決定すると言っても過言ではないが、界面の構造と電気的性質との対応については、今なお、難しい問題として残っている。このように表面・界面の精密な構造を明らかにすることは、基礎科学のみならず新材料の開発・設計など実用面においてもますます重要になっている。
X線回折 vs 電子線回折
固体の結晶構造解析においてはX線回折法が最も有力な方法として広く用いられているが、表面構造の研究には電子線回折(低速電子回折 LEED および反射高速電子回折 RHEED)が一般的であった。また、界面の構造研究法としてはイオン散乱(ISS)などに方法が限定されていた。これら構造解析プローブとして用いられるX線と電子線など荷電粒子線の最大の相違点は物質との相互作用の大きさである。すなわち、X線の原子散乱断面積は荷電粒子線に比べて極めて小さく、そのためにX線回折法においては1回散乱のみを考慮すればよく、多重散乱の影響を無視することができる。このことは、X線回折が精密で定量的な構造解析が容易であるという最大のメリットとなっている。これに対して LEED では低速電子線はその散乱断面積の大きさのために物質内部まで侵入することはなく、表面数原子層による回折の情報を得ることができるので表面構造の研究に最も普遍的に用いられてきた。しかし散乱断面積の大きさは同時に多重散乱の重要性を意味し、解析は複雑となる。そこで用いる電子線のエネルギーを上げて多重散乱の影響を減少させ、反射型の配置にして表面の構造情報を得るのが RHEED である。
また荷電粒子線を用いる方法では、試料を真空中に置かなければならないという制約もある。X線をプローブとして用いればこの制限がなくなり、大気中あるいは特定の気体雰囲気での表面や溶液と固体の界面をも研究対象とすることが可能になる。
X線利用のもう一つのメリットを挙げればそれは“非破壊”ということである。例えば表面に分子が吸着した系に電子線を照射するとその分子の解離が誘起されることがある。X線は電子線に比べて遥かにマイルドであり、一般に試料を非破壊で調べることが可能である。
以上述べた3大特長のあるX線回折法による表面・界面の構造研究は、非常に強力な光源である放射光の出現によってようやく実現されることになったと言ってもいい。なぜなら、表面・界面を構成する1原子層程度にある原子の数はバルクに比べて桁違いに少ない(例えば 1015 cm-2 である)ため、その散乱によるX線反射強度は極めて弱く、反射率でいえば 10-7〜10-10 程度であるのに対し、実験室で得られる単色X線は高々 107 photons/s 程度であり、表面・界面構造を解析するのには不充分だからである。
長距離秩序を持たない系の構造研究
表面吸着分子や触媒などの系では、X線回折で調べることができるほどの長距離秩序が存在していないことが多い。その場合には XAFS が構造研究の手段として極めて重要になる。XAFS 測定では各元素に固有な吸収端を含む領域でエネルギーを変えながら吸収係数を測定するのであるから、放射光によってのみ得られる広範なエネルギー領域にわたる光源の波長連続性が不可欠であるのは言うまでもない。また特に表面・界面の XAFS 測定においては、放射光の直線偏光性が結合の方向に関する情報を得るのに役立っていることも指摘しておきたい。
S/B 比の向上
すでに述べたように表面・界面を構成する1原子層に存在する原子の数は少ないが、気体試料をターゲットとする場合に比べれば2〜3桁程度は多いことになる。しかしながら気体試料とは異なる厄介な問題として、非常に強いバルクからの信号の存在がある。つまり、表面・界面の信号(S)をバルクによるバックグラウンド(B)からいかにして分離するのか、ということが極めて重要な問題である。以下に述べる具体例で示すように、S/B 分離のために全反射条件を利用して表面感度を上げた測定や表面・界面に関わる特定の元素の励起を利用するなどの方法が実際に行われている。全反射を起こさせるためにX線を1°以下といった微小角で入射する場合には、単位面積あたりの光子密度が高いことが殊更に要求されることになり、集光が容易でないX線においては放射光光源の高輝度性が極めて有効である。また目的原子を選択的に励起する場合には、その吸収端のエネルギーをもつ光子を試料に当てればよいが、そのためには、光源が連続スペクトルを持ち、その中から必要な部分が取り出せなければならない。これは正に放射光最大の特長であって実験室では決して実現できなかったことである。
2.6.3 研究の具体例
PF で放射光が利用可能となった1982 年から現在に至る 13 年間の放射光利用研究成果は、表面・界面の分野における学問的な飛躍的発展とともにあったと言えるであろう。すなわち、放射光利用によって初めて可能となった実験の結果から表面・界面の新しい知見が得られ、また表面・界面科学の新しい理解によって放射光利用研究がまた推し進められるという関係である。PF においても表面・界面研究の重要性は当初から認識され、そのためのビームラインや実験装置が数多く整備されてきた。特に表面・界面の構造を解明することは基礎科学としての興味のみならず、産業界からの具体的な要請があり、PF においてもその両面での研究が進められている。産業界への応用については2.17にまとめて記述されているのでそちらも参照されたい。以下に、放射光X線を利用した新しい表面・界面構造研究法の開発や、固体表面、原子・分子吸着系、薄膜、半導体界面など様々な物質系についてのX線回折(XRD; X-Ray Diffraction)・散乱(SXS; Surface X-ray Scattering)、X線定在波(XSW; X-ray Standing Wave)、光電子回折(PhD; Photoelectron Diffraction)、XAFS(X-ray Absorption Fine Structure)など、放射光X線を利用した方法による PF における研究の具体例を紹介することとする。
2.6.3.1 X線回折・散乱法による表面・界面の構造解析
X線回折法が精度が高く信頼性のあるものであることは、結晶構造解析で実証済みである。すでに述べたように、いかにして表面・界面からの弱い信号を取り出すか、が問題である。ここでは PF における研究例として、微小角入射X線回折・散乱法、多波長異常分散X線回折(MAD)法、結晶トランケーション・ロッド(CTR)法などについて述べる。
1)微小角入射X線回折・散乱法と多波長異常分散X線回折(MAD)法
微小角入射回折・散乱法は、X線を試料表面にすれすれに入射させ、屈折効果を利用して結晶内へのX線の侵入を制御しつつ、表面層の二次元構造のブラッグ反射や散乱を測定し、長距離周期構造や中短距離の相関構造を調べるものである。放射光の高平行性、高輝度は微小角実験に非常に適している。一方、異常分散を利用するX線回折法は位相問題の解決法であると同時に、元素の種類を明確に区別して構造解析をおこなうことができる手法である。多波長異常分散X線回折(MAD)法が、表面界面構造に多くの原子が関わっている場合に有効であることは以前から指摘されていたが、表面界面研究の分野における実験は現在までのところ PF 以外では全く行われておらず、独創的方法といえる。異常分散の利用のためには放射光の波長連続性が必須であることは言うまでもなかろう。
秋本・水木らは、半導体の表面に金属あるいは絶縁体を成長させた時の界面の構造を微小角入射X線回折法によって調べ、従来、超高真空中の清浄表面にのみ存在すると考えられてきた固体表面の超構造が、金属/半導体界面・絶縁体/半導体界面にも存在し得ることを明らかにした。特に電子デバイスの多くで利用されている金属/半導体界面については、ショットキー障壁の高さ(SBH)を制御するために障壁形成機構を解明しようとする多くの研究がこれまでなされてきたが、接合界面における原子レベルでの構造が明らかでないために本質的な問題は残されたままであった。例えば、現象としては Al/GaAs(100) の界面に Yb 原子を導入することにより SBH が変化することが知られていたが、その理由は解明されていなかった。そこで SBH 決定のキーとなっている Yb/GaAs(001) 界面の構造が微小角入射X線回折法で研究された [1]。Yb の厚みを 3Å, 32Åと変化させると SBH がそれぞれ 0.76eV, 0.83eV と変化する。そのときの界面はいずれも 4×1−超構造をとっているが、図1上に示すX線回折強度から明らかなように原子配列は異なっている。そこで Yb の L3 吸収収端近傍の異常分散効果を利用した MAD 法によって、図1下に示すようなモデルを構築した。これは界面構造と SBH が密接に関係している事を見いだした貴重な実験事実となった。この他にも Al/GaAs(100), Sb/GaAs(100)においても界面超構造と SBH との関係を調べ、これによって、従来有力であった「金属の種類が決まれば SBH が決定される」という金属誘起準位モデルは否定されることになった。即ち、SBH の決定機構は界面構造の理解に基づいて検討される必要があることを示していると言えるだろう。
図1の説明 上は Yb/GaAs(001)−4×1 で観測された結晶構造因子。左が Yb 層の厚さ3Å、右が 32 Åの場合。黒丸の面積が回折ピークの積分強度を現わす。超構造が同じ4×1 であってもX線回折強度は異なっており、原子配列が違っていることが解る。下は、Yb/GaAS(001)−4×1 構造モデルを示す [1]。
2)CTR 散乱による表面構造解析
1980 年代中頃、結晶表面の2次元周期性にともなうロッド状の散乱(CTR散乱)が観測されるようになった。これは、理想的な結晶の場合でも、表面が存在するために結晶のもつ3次元周期性が表面で途絶え、結晶を2次元的に扱う必要が生じることに起因する散乱である。この散乱は、ブラッグ条件を満たす逆格子点から表面に垂直なロッド状の強度分布をもち、その散乱強度は、結晶表面の構造に非常に敏感であることが分かってきた。この方法では、基板結晶のもつ原子位置を基準にして3次元的に表面構造を決定できるという優れた特徴をもつ。従来の多くの表面構造解析法では、表面層のみの構造がわかり、基板との関係がわからないというのと対照的である。
高橋らは、PF で放射光が利用できるようになった1982 年から表面X線回折装置を整備し、Si(111) 表面に Bi, Sb, Ag, Au など金属原子を1原子層程度吸着したときに出現する √3×√3 構造をX線回折によって系統的に解析してきた。√3×√3 構造の単位格子は再構成していない 1×1 構造の単位格子の3倍の面積を持ち、金属原子は単位格子内に3個まで吸着することができる。1980 年代の中頃には、吸着原子が √3×√3 構造の単位格子内のどこに位置し、また基板の Si 原子とはどのように結合しているのかなど、ほとんど解っていなかった。それがこの 10 年足らずの間に、かなり統一的な理解が進んだ。その間、X線回折法の果たしてきた役割は極めて大きい。
Bi および Ag が吸着した場合について、CTR 散乱データ解析の一例としての表面垂直方向の位置の決定と最終的に決定された3次元構造を図2に示した [2, 3]。Sb および Au を含めたいずれの場合にも3つの吸着原子がいわゆるトライマー構造をとることが明らかになったが、Ag の場合にはトライマーを変形した構造で、3つの Ag 原子がハニカム状に連結してるために HCT(Honeycomb-Chained Trimer)モデルと命名されている。
Ag の √3×√3 構造は長年論争の続いた構造であるが、X線回折法により完全に決定され、X線回折法の有効性を広く知らしめることとなった。実は STM でハニカム状の周期パターンが観測されており、実際に原子もそのようなハニカム状の配列をとると考えられていた。X線回折法による研究は“ STM は本来電子状態を見ているものであり、輝点の位置がそのまま原子の位置を反映していないことがありうる”ということを示す良い一例となった。この意味で、X線回折法が STM 研究者に与えたインパクトは大きい。さらに、いくつかの電子線を使う解析法では電子の波動関数の近似法に注意が必要であるということも知らしめることとなった。
最近、X線回折強度を絶対反射率で評価すれば、回折に寄与している原子あるいは電子数を絶対的に決定できることが示され、X線回折法の結果がさらに信頼性の高いものになっている [4]。またここでは Si(111) 表面の √3 構造に限って紹介したが、CTR 散乱は表面の roughness や格子歪みを解析するのに適しており、様々な半導体表面・界面やイオン結晶、さらには例えば氷結晶表面の評価などが行われている(2.4.2.6参照)。
図2の説明 上は (√3×√3) Bi/Si(111) および (√3×√3) Ag/Si(111) の表面構造研究におけるCTR 散乱のデータ解析の一例。(00) ロッドのプロファイルから表面垂直方向の位置 z が求められる。Bi 吸着では z=2.68Å、Ag 吸着の場合はおよそ z=2.9Åでプロファイルが再現される。下に決定された表面3次元構造を示す [2, 3]。
2.6.3.2 X線定在波法による表面・界面の構造解析
X線定在波法は、入射X線と回折X線を干渉させて既知の強度分布をもつ波の場を作り出し、これによって表面・界面原子から放出される蛍光X線や Auger 電子の強度を測定して原子の位置、配列秩序度を決める実験法である。回折波を創出する構造としては古くから Si, Ge など完全性の高い結晶格子が広く用いられているが、この場合、結晶の表面や薄膜内に存在する不純物や吸着原子の結晶の格子面に対する相対位置が格子面間隔の2〜3%(0.01Å)の高精度で決められる。特に放射光の利用が可能になってからは、様々な系について精力的に実験が行われている。ここでは PF における研究の例として、X線定在波法による界面構造研究、背面反射X線定在波法の開発について簡単に述べる。
1)X線定在波法による界面構造研究
秋本・菊田らは PF で放射光利用が可能となった初期の段階で、Si(111) 表面に成長させたニッケルシリサイド(NiSi2)と下地の Si(111) との界面の構造を、X線定在波法で明らかにした [5]。これは、界面の原子レベルの構造がX線によって解明できることを示した世界で最初の実験である。
橋爪らはX線定在波法と CTR(結晶トランケーション・ロッド)法を組み合わせることによって、CaSrF2/GaAs(111) および CaF2/S/GaAs(111) の絶縁体/半導体ヘテロエピタキシャル界面の原子構造と原子組成を解析した [6]。これらは3次元集積電子デバイスの材料として開発が進められているものである。分子線エピタキシー法で清浄 GaAs(111) 表面にフッ化物の薄膜を成長させ、膜厚をX線フレネル反射法により1原子面の精度で決定した。この情報を使って、表面に平行および傾いた格子面を用いたX線定在波実験、CTR 実験のデータを解析したところ、下地 GaAs の As 表面に成長したフッ化物薄膜は高結晶性を有し、ヘテロエピ界面で F 面が1枚欠落していること、(Ca, Sr) 原子は表面 As の直上のTサイトに存在すること、下地表面近傍で As-Ga 二重層が外側に僅かにシフトしていること(図3右(c)の構造)がわかった。界面は原子スケールで急峻であり、rms ラフネスは約6Åである。これに対して硫化物処理した GaAs(111) 表面に育成した CaF2 エピタキシャル膜も高完全性であるが、界面は CaSrF2/GaAs(111) の場合より顕著にラフであり、硫化物溶液による化学腐食の効果が明らかになった。この研究により、(1)蛍光検出モードのX線定在波法は薄膜内の原子位置を下地ブラッグ面間隔の数%の精度で決定できる、(2)CTR法によって界面ラフネスや歪みなどの局所構造が解析できる、(3)ブラッグ反射から遠い領域のX線散乱により厚さ数百Åのエピタキシャル膜の下に埋れた単原子層の構造が研究できる、(4)両方法を併用すれば、薄膜/下地系の界面構造を面内方向、垂直方向の双方について精密に解析できる、ことが示された。
図3の説明 左:CaSrF2/GaAs(111) (膜厚 100Å)における GaAs 111 反射定在波による Sr 蛍光収量曲線および反射率曲線。右:界面の構造モデル。実験データは(c)のモデルによってよく再現される [6]。
2)背面反射軟X線定在波法の開発
通常のX線定在波法は結晶表面・界面の原子位置を高精度で決定できるが、半導体などの高完全性結晶にしか適用できない。なぜならブラッグ反射の角度幅が数μrad であるため、10-5 以上の長距離歪みを含む結晶には完全結晶の回折理論が使えないからである。一方、太田らが軟X線吸収スペクトルの測定中に見い出した背面反射(散乱角〜 180゜)における定在波 [7] については、ブラッグ反射の幅が特異的に広がることが知られており、橋爪らによる動力学的回折理論の検討 [8] によって、10-3 程度の歪みを含む金属や酸化物などの結晶にX線定在波法が適用できることが示された。背面反射条件は多くの結晶について 2d=4〜6Åであるから、X線エネルギーに直すと2〜3 keV であり、分光研究用の軟X線放射光ビームラインの光学系がそのまま利用できることになる。また、放射光光源が連続スペクトルをもつという特長を利用して、従来の角度走査に代わって光エネルギーを走査する方法が行われるようになった。背面反射の場合、散乱角 180゜の条件を保って光子エネルギーをモノクロメ−タで走査し、表面・界面原子から放出される蛍光X線を測定する。この方法では超高真空装置内で特に超精密な試料支持台がなくても実験が可能なので、通常の清浄表面の調製、評価装置と組み合わせることが容易である。この結果、X線定在波法の適用範囲は大幅に拡大されることになった。
太田らは、軟X線領域で利用可能な超高真空対応比例計数管型X線検出器を開発し、それを用いた蛍光X線収量測定による表面 EXAFS と背面反射定在波法の結果を組み合わせて、金属表面の S, Cl 原子吸着による再構成・緩和構造を調べた。しかし背面反射定在波法といえども、入射X線の分解能を向上させることにより、定在波のプロファイルの振幅が大きくなり、より実験の精度を上げることができる。また下地原子の蛍光X線や散乱X線によるバックグラウンドはそれ自身の定在波プロファイルを持っているために、検出器の分解能を上げて S/B 比を向上させることも重要である。そこで、軟X線高分解能光源として軟X線アンジュレータビームライン(BL-2A)を、検出器として特別製作した Si(Li) 半導体検出器をそれぞれ用い、高精度の背面反射定在波法の実験が行われるようになった。図4に Ni(111) 表面に Cl が選択的に吸着することを解明した例を示す [9]。高分解能化によって、111反射のみならず非対称 111 反射の測定が可能になり、2種類の吸着サイトの識別を行うことができたものである。
図4の説明 左:(√3×√3) Cl/Ni(111) の Ni 111 背面反射定在波による Cl 蛍光X線収量プロファイル(実験値および2種の吸着サイトに対する計算値を示す)。右:表面構造モデル。Cl 原子は hcp サイトではなく fcc サイトに選択的に吸着することが明らかになった [9]。
2.6.3.3 X線光電子回折法による表面構造解析
X線光電子回折法は、X線によって放出された光電子が結晶中の原子に散乱された結果として干渉効果を生じ、観測方向によって光電子の強度が変化することを利用した表面結晶構造解析法である。光電子回折法では電子の回折を利用しているので LEED 等と同様の情報を与えることになる。しかしながら LEED が回折を起こす電子を外界から導入するのに対し、光電子回折法ではX線の入射によって特定の原子から放出される電子を用いるので、その特定の原子の周り数十Åの構造を知ることができるという特徴がある。また強力な放射光を用いてエネルギー分解能の高い光電子スペクトルが得られれば、同一元素でも化学状態の違いによるケミカルシフトを利用して、それぞれの化学状態の原子の周りの構造を区別して決定するということも可能であり、すでに PF でも試みが始められている。
1)2次元検出器を用いたパターン迅速測定 vs エネルギー走査法
X線光電子回折法では、入射X線のエネルギーを一定にして放出電子強度の変化の角度依存性を測定するのが最も一般的である。この場合2次元検出器をもちいれば回折強度の迅速測定が可能となる。大門らは、自ら開発した球面鏡アナライザー(図5左)を用いて Si(111) 2p などの光電子回折パターンの観察に成功したが [10]、さらに励起光が円偏光もしくは楕円偏光の場合の光電子回折パターンの観察が行われていることは2.2で述べた通りである。一方、国内ではまだ測定例はないが、入射X線の波長を変化させながら光電子の強度を特定の放出角で測定する方法も欧米では行われている。この場合は XAFS と同様に放射光の波長連続性が不可欠である。
2)光電子ホログラフィー
光電子放出原子から直接検出器に到達する電子(参照波)と周囲の原子に散乱され検出器に到達する回折波との干渉によって光電子強度変調が観測されると考えれば、光電子回折パターンはホログラムと考えることができる。参照波をもとにホログラムをフーリエ変換し再生すると、周囲の原子の立体配置を知ることができる。この方法を光電子ホログラフィーと呼ぶ。PF において大門らは W(001) 表面の光電子回折パターンを観測し、そのホログラフィー変換を試みている(図5右)[11]。
図5の説明 左:光電子回折/ホログラフィー実験に適した球面鏡ミラーアナライザーの概念図。試料Sから放出される全立体角の光電子が、球面状の電極Dによってエネルギー分析され、マイクロチャンネルプレートM上にパターンを形成する。右:球面鏡ミラーアナライザーを用いて記録された W(001) 表面からのW 4f 光電子回折パターン(上)。図の中心が表面垂直方向であり、円の周囲が極角 40 度に相当する。そのホログラフィー変換(下)では、十字で示す原子の予想される位置近くに強いピークが現われている [11]。
2.6.3.4 XAFS による表面・界面の構造研究
XAFS は、それ自体が元素選択的な方法であるから、表面・界面の研究においてもそこにしか存在しない元素の周りの構造を知る場合には有効である。特に単結晶の表面・界面においては結合の距離だけでなく、結合の方向に関する情報を放射光の直線偏光性を利用して容易に求めることができる。さらに偏光 EXAFS の振幅の温度変化の測定から、表面における熱振動の異方性を明らかにした研究も行われている [12]。また XAFS の特長として、回折によっては調べられないような系をも対象とすることができるので、触媒や溶液表面などの研究も進んでいるが、これらについては2.5で紹介されているので省略し、ここでは金属単結晶表面上での原子吸着による再配列構造および簡単な分子の吸着構造に関する研究、有機分子薄膜の配向と電子状態に関する研究について紹介する。
1)原子吸着による金属単結晶表面再配列構造の偏光 EXAFS による研究
金属単結晶の表面に異種原子が吸着すると様々な再配列構造が現われることが知られているが、これは固体の反応の初期過程と考えることができ、その出現機構に興味が持たれている。北島・太田らは Ni, Cu などの金属単結晶表面に S, Cl, P, Si などが原子状に吸着した時に出現する構造を、偏光 EXAFS によって調べ、多くの再配列構造を明らかにした。一例として、Ni(111) 表面に S が原子状に吸着した時に現われる (5√3×2) 相の S K−吸収端偏光 EXAFS の解析によって求めた再配列構造を図6に示した。この研究は3回対称軸をもつ (111) 表面上で硫黄原子が4配位の構造を取ることを明確に示し、STM 観察のみから提唱されたモデルは否定された [13]。
図6の説明 (5√3×2) S/Ni(111) の表面構造モデル。Ni2 で示した3回対象の (111) 表面上で硫黄原子が4つの Ni1 原子と結合するように再構成していることが偏光 EXAFSの振幅強度(有効配位数)から明らかになった。このモデルでは STM 像に対応するよう、硫黄原子を上段(S1)と下段(S2)の2種類に分けている。長方形は (5√3×2) 単位格子を示す [13]。
2)固体表面上への分子吸着構造の偏光 XAFS による研究
固体の表面へ分子がどのように吸着し、解離・脱離などを起こすかを調べることは、触媒等表面で起こる反応の機構を解明する上で重要な課題である。太田らは、1991 年以降、第3周期元素(特に硫黄)を含む分子の Ni, Cu 単結晶表面への吸着過程を主として表面 XAFS を用いて調べてきた。硫黄は化石燃料の原料中に多く含まれ、燃焼によって酸性雨の原因物質となる亜硫酸ガス(SO2)となるので精製過程において脱硫触媒が用いられているが、その脱硫機構は必ずしも明確になっていない。
これまでに多くの研究例によって、吸収端の構造(NEXAFS)から分子の配向や電荷移動の様子、EXAFS から分子の基板に対する吸着構造や吸着による分子内の結合距離の変化等を詳細に調べることができることが実証された。分子吸着構造の研究では、電子やイオンをプローブに用いると分子の脱離や解離を誘起することが多く、放射光X線の利用が特に有効である。図7に一例として Ni(100) 単結晶表面に SO2 分子が吸着した系の構造の研究を示す [14]。SO2 分子は、Cu など他の金属表面上では分子面を金属表面にほぼ垂直にして吸着していることが明らかになっているが、Ni 表面上では分子面が金属表面とほぼ平行になっていることが解った。この違いは金属の d 電子と分子の空軌道との相互作用の違いで説明されている。このように分子の吸着の振る舞いは、金属の種類及び面方位、被覆率、基板温度などによってかなり異なることが明らかになり、金属と分子の相互作用が解明されつつある。吸着分子の C, N, O K−吸収端の XAFS は BESSY など低エネルギーリングを用いて精力的に行われているが、第3周期元素系では PF の独壇場である。このことは、このような研究において PF が誇る“安定性”が極めて重要であることを如実に示している。
図7の説明 Ni(100) 表面に約 170 K で SO2 分子を 0.41 ML 吸着させたときの S K−吸収端NEXAFS、EXAFS のフーリエ変換、及び吸着構造モデル。θは軟X線の入射角を表わす。NEXAFS に現われるπ* およびσ* 励起ピーク強度の偏光方向依存性から分子が表面にほぼ平行になって吸着していること、π* 遷移の強度が分子の場合に比べて減少していることから下地金属からの電荷移動が起こっていること、EXAFS から S−O 原子間距離が自由分子に比べて伸びていることおよび S が Niの Bridge サイトにあること、が明らかになった [14]。
3)NEXAFS による有機分子膜の配向と電子構造の研究
機能性有機化合物の多くは大きな異方性をもつので、その分子配向の制御は機能発現、機能向上の大きな要因である。前項でも述べたように C, N, O などの内殻吸収端微細構造(NEXAFS)は、有機固体表面、有機超薄膜、吸着系の分子配向を調べる有力な手段となる。関らは、まず基本的高分子とそのモデル化合物についてこのような研究に着手し、ポリエチレン [(CH2)n]、ポリテトラフルオロエチレン [(CF2)n](PTFE、商標名テフロン)、ポリフッ化ビニリデン [(CH2CF2)n] などの基本高分子およびそのモデル化合物について良く配向した試料の作製に成功し、良質のC K−吸収端 NEXAFS スペクトルを得た。特に PTFE についてはモデル化合物の配向膜を用いることで、それまで報告されていた誤った帰属を正すことができた。
また高分子表面における分子配向、とくに機械的摩擦(ラビング)による配向膜作製に着目した研究から多くの興味深い結果が得られている。液晶配向に用いられるポリイミド表面で、液晶分子と強く相互作用すると考えられているイミド環の配向を詳細に調べ、その化合物依存性が確かに液晶の配向と密接な相関を示すこと、とくにラビング方向にイミド環が全て同一方向に並ぶことがあり、その場合にはそれに接する液晶分子が界面から離れた所でも大きな傾きを示すことを見いだした。また、 PTFE についてもラビングにより良く配向した膜を作製することができ、これを基板にした真空蒸着により他の化合物の配向膜作製にも利用できることが判った(図8)[15]。
このほか、電子機能性を持つ分子性化合物についての研究が行われている。有機太陽電池材料として注目されているポルフィリン類について、蒸着薄膜作製時の基板温度が室温では無配向膜しかできないが、367 K では良く配向した膜ができることや、写真の基本系である色素/ハロゲン化銀吸着系について、吸着部位が色素に含まれるチオケトン部(=S)であること、などが NEXAFS によって解明された。
図8の説明 (a)銅基板上に炭素数 24 個のポリテトラフルオロエチレン(PTFE; テフロン)を真空蒸着すると分子は基板に垂直に立っており、C K−吸収端の NEXAFS では直入射(θ= 90°)の時にσ*(CF) (ピークA )が、斜入射の時にσ*(CC) (ピークB )が強く現われる。(b)鎖が長く、長さの揃っていない PTFE 蒸着膜ではピーク A と B の強度が逆転しており、高分子鎖が表面にほぼ平行になっていることがわかる。(c)ラビング処理を行った試料では、入射光の電場ベクトルが擦った方向と平行になるときに最も強く B のピークが現われることから、高分子鎖がラビング方向に良く揃っていることが明らかになった [15]。
2.6.4 今後の発展
2.6.4.1 今後の学問的な発展の見通し
1)高輝度/大強度放射光源と表面・界面の研究の拡がり
これまでに具体例で見てきたように、放射光の出現によってX線による表面・界面の構造解析は飛躍的な発展を遂げ、さらに現在進歩を続けている。日本、ヨーロッパ、アメリカで建設中のいわゆる第3世代の放射光光源とビームラインは今後5年以内にさらに大強度、高平行度、高エネルギーのX線光子を供給する見込みである。PF を含む既存の第2世代光源でもマルチポールウィグラー(MPW)やアンジュレータを積極的に取入れた光源の改造、ビームラインと測定装置のスクラップ・アンド・ビルドが進むと予想される。これら高輝度/大強度光源の利用によりX線散乱・回折法およびXAFS 法、光電子回折/ホログラフィーによる表面・界面の構造研究はますます盛んになり、多種多様な単元系および多元系半導体、金属、酸化物などの表面、多層薄膜材料の界面が研究されるであろう。例えば、(1)結晶表面の原子配列と原子ステップの相関、(2)多層膜界面の面内・面間のミクロ構造、(3)メソスコピック材料の界面原子構造、(4)表面・界面構造のゆらぎ・不完全性や表面・界面原子の格子振動の異方性、(5)表面・界面の磁性や結合に寄与している電子の密度分布、等の分野において成果が期待できる。また固体表面や固体−固体界面のみならず、結晶と融液の界面、溶液と固体の界面、液体の表面が調べられるであろう。
すでに MPW による強力X線を用いて水面上単分子膜の構造解析も始められているが(図9)[16]、さらに例えば溶液中における電極表面の構造などは大強度放射光なくしては研究しえないものであり、まさにこれからの研究テーマである。また高輝度化は測定の迅速化・高精度化のみならず、マイクロ化をもたらすであろう。マイクロビームの利用によって表面・界面における微小領域の構造が研究される日も遠くないと考えられる。
図9の説明 左:水面上単分子膜からのX線回折のための実験配置。バリヤーを移動させることによって表面圧を変化させることができる。X線は全反射を起こす角度で入射され、水面上の単分子膜からの回折を測定することができる。右:X線回折強度から求めたシアニン水溶液上のエイコサン酸単分子膜分子軸の鉛直軸からの傾きと表面圧の関係。表面圧の上昇に伴い、分子軸が水面上で直立してくることがわかる [16]。
2)研究の複合化
しかしながらいくら高輝度の光源が出現したとしても、表面・界面の研究にとって万能な手法と言えるものは存在しない。表面・界面の研究には“研究の複合化”が極めて重要である。複合化には様々なものがあり、すでに具体例でいくつか示したようなX線を用いる方法(XRD/XSW/XAFS)どうしの複合化の他、STM や LEED など他の構造研究法との複合化、VUV 光を用いた電子分光法や発光分光法などの電子状態研究法との複合化などが考えられる。
さらには単なる方法の併用のみでなく、方法論どうしの組み合わせによる全く新しい方法も複合化と言えるだろう。例えばX線回折と XAFS を複合化した DAFS (Diffraction Anomalous Fine Structure) がそれである。DAFS は、結晶に含まれる特定元素の吸収端近傍で光子エネルギーを変化させながらX線回折強度を測定し、そこに現われる振動構造から回折ピークを与える長距離秩序に関与している特定の元素の周りの局所構造を観測する方法である。この方法を用いれば、ひとつの結晶中に含まれる異なったサイトの同種元素を区別して局所構造を調べることが可能となる。水木らは、先に MAD 法によって構造を決定していた B (√3×√3)R30°/GexSi1-x/Si(111) ヘテロ接合界面(2.17図8参照)について DAFS の測定を行い、この新しい方法の有効性を確認した(図10)[17]。
図10の説明 B (√3×√3)R30°/GexSi1-x/Si(111) ヘテロ接合界面の Ge K−吸収端 2/3(202) DAFS と XAFS。XAFS ではほとんどが基板中にある Ge の情報を含んでいるのに対し、DAFS は界面に関わっている Ge の周りの構造を反映しているために、その振動構造は明らかに異なっている [17]。
3)in situ 評価と動的構造解析
また複合化と言ったときに忘れてはならないことは、これら試料評価法と表面・界面試料作製法との複合化(= in situ 評価)である。表面の試料には例えば低温でなければ分解してしまうなど不安定なものも多く、あるいは超高真空中であっても時間とともに汚染されてしまうこともあり、試料作製から評価までを短時間のうちに一貫して行わなければならない場合がしばしばである。
さらに今後は、構造の時間変化を追う研究が行われるようになっていくと考えられる。特に、(1)表面の相分離と構造相転移の原子プロセス、(2)2次元系の結晶成長・蒸発・融解の原子機構、(3)触媒反応中の構造変化の追跡など、規則系から不規則系への転移、非平衡状態の原子プロセスが研究され、学問的に顕著な発展があると考えられる。これまでの表面科学の研究では主に超高真空中での構造・反応・電子状態が対象とされてきた。しかし MBE など超高真空中での結晶成長法は必ずしも産業界で実用になるまでには至っておらず、むしろ化学反応を利用した気相成長法が用いられている。成長中の表面構造を明らかにし、成長機構を原子レベルで解明するためには、反応気体雰囲気中でも利用可能なX線を用いた方法の発展が期待されている。これは直接的にX線を用いて構造を決めた例ではないが、Si (100) 表面上で Si2H6 を放射光光分解しながら光電子スペクトルにおける表面準位の強度をモニターし、CVD に伴うその振動が表面再配列構造の (2×1) と (1×2) の繰り返しであることを明らかにした研究(図11)[18] は、先駆的なものと言えるだろう。
また同様な時間変動を示す反応として Pt 触媒によるの CO の酸化がよく知られている。Ertl らは光電子放出顕微鏡(PEEM)を用いた実時間観測によって、この反応が Pt 単結晶表面上で空間的には数μから数 mm の範囲で均一に進行していることを明らかにしている [19]。このような反応に伴う構造の変化を追跡するためには時間分解能と同時にサブミクロンの空間分解能が求められることになる。その両者が実現すると、それは表面構造研究の一つの到達点になるであろう。
図11の説明 通電加熱の電流の向きによって (2×1) または (1×2) 優勢とした Si(100) 表面(AおよびB;左側参照)を 500 ℃ に加熱し、Si2H6 ガスを流しながら 23.3 eV の真空紫外光を照射して得た光電子スペクトルに現われる表面準位強度の時間変化を示す。(2×1) 優勢表面 A と (1×2) 優勢表面 B では強度変動の位相が逆転しており、この変動が Si 1層の成長に対応していることが明らかになった [18]。
2.6.4.2 将来の研究に必要な光源、ビームライン、実験装置
1)マルチポールウィグラーとX線アンジュレータ
幸いなことに PF においては現存の2台の MPW を利用する実験ステーションとして、斜入射X線回折専用ステーション BL-16A2 および XAFS を中心とする表面・界面その場観察複合分析装置用ステーション BL-13B1 の整備が進められている。さらに AR に世界に先駆けて設置されたX線アンジュレータを利用して表面・界面の構造解析を行うための実験ステーションAR-NE3A2 でも6軸回折計が立ち上げ中であり、すでに大気中の実験ではあるが Si/Ge/Si(111) 界面の構造解析が行われた [20]。NE3 の真空封止型アンジュレータは周期長 4 cm であるが、これを PF リング(2.5 GeV)に適用すれば K = 1 で約 1 keV の軟X線を1次光として発生するアンジュレータを建設することが可能である。さらに周期長を 2 cm とすれば光エネルギーは2倍となり、3 GeV 運転を行えば1次光で 3 keV、3次光では 9 keV を利用することも可能である。実際に PF と同じ第2世代リングである NSLS Xリング(2.584 GeV)では、周期長 1.6 cm、最小 gap 7.5 mm のアンジュレータを導入し、3.1〜3.9 keV の高輝度X線を発生させることに成功している [21]。このような軟X線からX線の領域にわたって高輝度光を供給できるステーションの建設は、X線回折や EXAFS による構造解析と光電子分光や NEXAFS による電子状態の研究の複合化を現実のものとする上で極めて重要なものであると考えられる。
2)表面・界面複合解析ステーション
すでに述べたように、これからの放射光利用研究は優れた光源だけでは立ちゆかない。すなわち、すばらしい光源に CVD や STM といった試料作製/評価を行うシステムを備えた表面・界面複合解析ステーションを建設することが不可欠である。そして、そこで施設のスタッフが自ら研究をリードしていける体制を整えること、それがもう一つの必須条件であることは間違いない。
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