PF将来計画検討の状況


放射光科学第二研究系 河田 洋
(Photon Factory News Vol.22 No.4 Feb, 2005 より)

はじめに
 過去の将来計画検討の歴史を紐解くことは必ずしも本意ではありませんが,PFの将来計画検討に関しまして若干迷走の感を持っておられるユーザーの方もおられると思いますので,この2年間の将来計画検討の経緯をはじめに紹介致します。2年前の2002年度にPF将来計画を検討するに当たり,基本的な将来構想として,「普遍的な放射光利用ツールとしての側面と短パルス光,空間的コヒーレンス光そしてナノビーム利用という先端的放射光光源の両立」を掲げて,具体的なハードウエアーの形態としてERLの検討をおこない,其の検討結果を検討報告書としてまとめました。その検討は,VSX高輝度光源計画は別に実現されるものという境界条件のもとで行なっておりました。しかし,2003年に小間所長を新しい物質構造科学研究所所長としてむかえ,大学法人化等の状況変化があり,「一大学法人で全国大学共同利用をベースとしたVSX高輝度光源計画の実現は困難なのではないか」との観測のもと,大学共同利用機関法人となる予定であるKEK-PFがVSX高輝度光源計画を受け入れる場合を想定した上でのハードウエアーの検討が急遽行なわれ,2.7〜2.8 GeVリング構想が検討されました。しかし,当初期待していた補正予算が,2003年には実施されないこととなり,この将来構想の早期スタートはむずかしい状況となりました。一方,KEKでは現在1500億円規模のJ-PARCのプロジェクトを進めており,この将来構想をこの数年のうちにKEKの概算要求により実現する可能性は極めて低いこと,また,PF直線部増強計画のリング改造の目途が立ち,直線部のビームライン整備(VUV・SX専用アンジュレータービームライン化)を進めることによってV・SXのアクテイビティーの活発な活動を維持するための当面の打開策が現在計画として進めることが出来得るとの認識から,J-PARCの建設完了後に予算要求を行い,完成を10年後と想定した時の放射光光源の将来計画の立案が2004年度から所内で開始されました。この一年間をかけて所内スタッフの間での意見交換を進め,2年前に設定された「普遍的な放射光利用ツールとしての高輝度光源の側面と,短パルス光,空間的コヒーレンス光そしてナノビーム利用という先端的放射光光源の両立」をPF将来構想の基本目標とする事でほぼ意見の集約を見るに至りました。一方,それを実現するハードウエアーとして,2年前に検討したERLは勿論上げられます。しかし,技術的な検討に関して高輝度・高出力電子銃の開発,又VUVからX線までのアクテイビティーを担うという観点からの最適化等々の技術的な検討が必要です。それとは別にもう一つスーパー・ストレージ・リングという概念の可能性が新たに浮上してきております。これは第3世代リングをベースに短パルス光,空間的コヒーレントX線を取り出すオプションを備えたハードウェアーです。しかし,これに関しましても,そのコヒーレントX線発生に関しての技術的検討が必要です。今後の予定は,2005年度をかけて,それぞれのハードウエアーの検討を進め,2006年度にそれらの選択を行ない,次期の中期目標に将来計画を確実に実現する計画書を2007年度末に作成するスケジュールを現在考えております。以下,其の検討の現状をお知らせ致しますので,今後の将来計画検討・作成そして推進にぜひご協力下さい。

現在状況の把握
 現在,PF 2.5 GeVリングとPF-AR 6.5 GeVリングを放射光光源とする実験施設では,約700件の研究課題が展開され,共同利用者数は年間約2700人に達しています。第3世代X線放射光源であるSPring-8 が稼動をはじめた7年前からもこれらの数には減少傾向は見られていません。このことはSPring-8が稼動した現在においても競争力を失っていないことを示しています。その理由は,以下の様に分析しています。幾つかの新しい方法論,新しい測定装置研究におきましては光の先端性を必要としますが,放射光利用の大部分では,すでに確立した手法(ツール)を用いて対象となる試料そのものに先端性がある研究テーマであり,必ずしも放射光源の性能の先端性のみが研究の成否を決定するものではない事があげられます。従って,そのような研究テーマが現在盛んにPF及びPF-ARで展開されています。そして,現在PFにおいて進められているPF 2.5 GeVリングの直線部増強計画は,PFリングに設置する挿入光源を性能,数共に増強し,VUV・SXからX線に至るまでの放射光において,第3世代放射光光源にほぼ匹敵する光源を実現することが出来,種々の物質科学研究に対し,今後10年間程度に亘って競争力のある実験環境を提供し続けるための改造計画と位置付けられます。

将来展望
 それでは10年後から稼動し始め,その後少なくとも20年程度稼動し続けるPFの将来計画放射光光源ではどのような研究が行われる事が予想されるでしょうか? 先ず大前提として,放射光科学は物質科学,生命科学,医学等々の広範な研究領域をカバーしており,そのスペクトル領域はVUV,SX,X線に至る領域をカバーすると同時に,実験ステーションも現状程度を必要とされます。すなわち普遍的な研究ツールとしての役割は必ず満たすものが必要である。しかしそれだけでは十分ではなく,更なる先端性として以下のキーワードも必要になると予想されます。

1)試料は益々微小化(マイクロメートルから数10ナノメートル)
   → 更なる高輝度化

2)より詳細な電子状態解明
   → 更なる高輝度化

3)結晶ではない試料の構造決定
   → コヒーレントX線が不可欠(両方向のエミッタンス〜10 pmrad)

4)非平衡状態の解明(高速現象の解明とその応用)
   → 短時間パルス放射光が不可欠(サブピコ秒以下)

 

具体的な研究テーマとして
1) に関しては,一例としてナノ磁性体の根本的な理解のためのナノスケール局所的なスピン構造の解明や,巨大磁気抵抗物質,高温超伝導体で間接的に観測されている,ミクロ相分離やストライプ構造の直接的な電荷,スピン,軌道に関する測定。微小結晶,試料での状態分析が可能となり,極端条件化(高圧,磁場,電場,光子場等)の物質科学研究の発展。
2) に関しては,一例として,光電子分光法によってより詳細な励起状態の解明,金属‐絶縁体転移等の解明,X線非弾性散乱による蛋白質のフォノンモード測定から,その機能の解明,光電子分光法では困難な高圧下,もしくは高磁場下等の極端条件化での物質の電子状態解明。
3) に関しては,その究極は結晶成長が困難な蛋白質の構造をコヒーレントX線を用いて解明,同様に,結晶成長が困難なカーボンナノチューブ内の吸着分子・原子の構造解明という,通常の第3世代放射光光源では全く展開できなかった研究の展開。
4) に関しては,次世代の高速通信技術を切り開く可能性を秘めている高速光誘起相転移現象の解明,蛋白質の光反応の構造,電子状態の解明という,新しい研究分野の創生。
等々が上げられます。

どのようなハードウエアーが考えられるか
 このような条件を満たす新しい放射光光源として以下の二つの可能性が考えられます。一つは線形加速器をベースにしたERLであり,他方はエミッタンスが1 nmradで,エネルギー3 GeVクラスの第3世代放射光光源をベースにし,その長直線部に特別の電磁石とソレノイド磁場を導入することで局所的に水平・垂直方向のエミッタンスを結合し,両方向のエミッタンスを~10 pmradの値を実現しコヒーレントX線を発生すること,また特殊キャビティー,もしくはレーザースライシング技術を導入して短パルス光を実現するように設計したリング(仮に現在スーパー・ストレージ・リングと呼んでいる)が考えられます。それぞれのマシンおよび一般の第3世代放射光光源そしてFELにおける大前提となる汎用性,及び前頁のキーワードの実現性を表にすると下記の様になります。

 
第3世代
放射光光源
スーパー・ストレージ・リング
ERL
FEL
普遍的な
研究ツール

(最大電流は〜500 mA)

(最大電流は〜500 mA)

(最大電流値は〜100 mA)
×
(多くの実験を同時に行う事は困難)
高輝度性
(ナノビーム)
空間コヒー
レント特性
×
0.1%

15〜20%

15〜20%

100%
短パルス特性
×

100フェムト秒〜サブピコ秒

100フェムト秒〜サブピコ秒

〜100フェムト秒
開発要素の
有無
無し
有り
コヒーレントX線発生技術及び短パルス光発生技術
有り
高輝度・高電流電子源及び超伝導キャビティー技術
有り
高輝度・高電流電子源及び試料の強電界場による損傷

 

 表に示すように大前提である普遍的研究ツールに関してFELは困難であり,現在KEKでは次期計画としてスーパー・ストレージ・リングおよびERLの可能性の検討を開始しつつあります。ERLに関しては2年前にそのハードウエアーの検討がなされていますが,依然その実現には多くの技術的問題を解決する必要があります。また,前者の第3世代放射光リングをベースにコヒーレントX線を発生させるアイデア,短パルス光を取り出すアイデアは最近浮上したものであり,現在精力的にその問題点の整理が行われつつあるところです。

利用研究の検討
 利用研究に関しては,PF将来計画の基本構想が2年前に検討を行なったERLを念頭においた基本構想と殆ど違いが無く,先端的特色からのアプローチの検討に関しては2年前の検討報告書に更のこの2年間の進展を追加すること考えています。一方,研究分野からのアプローチの検討に関しては,2年前の検討報告書では唯一構造生物学を取上げていましたが,現在,各研究分野の将来構想,そして実験手法からのアプローチの将来展望の検討を所内スタッフ中心に始めています。その幾つかの内容は3月17,18日に予定しているPFシンポジウムの将来計画のセッションで報告しますので,ユーザーの方々も多数参加頂き,活発な議論をお願い致します。