文部科学省「量子ビーム基盤技術開発プログラム」採択プロジェクト
「軟X線の高速偏光制御による機能性材料の探求と創成」を
BL-16Aで開始

2008年8月5日


 物質構造科学研究所では,文部科学省「量子ビーム基盤技術開発プログラム」として,「軟X線の高速偏光制御による機能性材料の探究と創製」(研究代表者:雨宮健太 准教授)を開始します。このプロジェクトは,フォトンファクトリー(放射光科学研究施設)のBL-16Aにおいて10 Hzの軟X線高速偏光スイッチング技術を開発し,これを用いて,東京大学(代表:藤森淳 大学院理学系研究科教授),産業技術総合研究所(代表:湯浅新治 エレクトロニクス研究部門研究グループ長)および慶応義塾大学(代表:近藤寛 理工学部教授)と共同で,情報通信デバイスや排ガス浄化触媒などにつながる機能性材料の解析と新しい材料の創製を行うものです。具体的な開発・研究内容は以下の通りです。

(1) 高速偏光スイッチング技術の開発
 軟X線領域では右回り・左回り円偏光や垂直・水平直線偏光を取り出すためにはアンジュレータが用いられますが,偏光を切り替えるにはアンジュレータを機械的に動かす必要があるため,高速での偏光制御が困難です。本プロジェクトでは,図1のように2台のアンジュレータを直列に並べてそれぞれを別の偏光にセットしておき,キッカー電磁石によって電子の軌道を高速で変化させることによって,10 Hzの高速偏光スイッチングを実現します。この方法自体はSPring-8で最初に実施されたものですが,本プロジェクトではビームラインに独自の手法を導入することで,2つのアンジュレータから得られる軟X線のエネルギー,分解能,スポットサイズ,位置,強度を高い精度で一致させ,より理想的な偏光スイッチングの実現を目指します。

図1 高速偏光スイッチングの模式図。この例ではアンジュレータ1を右回り円偏光,アンジュレータ2を左回り円偏光にセットしてある。キッカー電磁石によって(a)のような電子軌道をつくるとアンジュレータ2からの軟X線だけがビームラインに到達し,(b)のようにすると逆にアンジュレータ1だけが使用できる。(a)と(b)を高速で切り替えることで高速偏光スイッチングが実現できる。

 

(2) スピンエレクトロニクス材料の解析と探索
 近年の情報通信技術においては,電子の持つ電荷情報を利用する従来型のエレクトロニクスに加えて,電子のスピン情報も利用する「スピンエレクトロニクス」が重要な役割を果たしています。次世代の高度情報通信社会の実現のためには,これをさらに発展させ,例えば情報の記録においては,より高速・低消費電力・高密度で,しかも電源を切っても記録を失わない(不揮発性)といった特長を兼ね備えたデバイスを開発することが急務となっています。本プロジェクトで主に用いる,X線磁気円二色性分光法は,電子のスピン情報を直接観測できる強力な手法ですが,高速偏光スイッチングが実現すればその精度を3桁程度向上させることができ,非常に微小なシグナルでも精度よく解析することが可能になります。こうして得られた成果を,スピンエレクトロニクス材料の性能の飛躍的な向上や,新たな原理に基づく新奇材料の開発へとつなげていきます。

図2 高速偏光スイッチングを利用したスピンエレクトロニクス材料の解析と探索。[拡大図(228KB)]

 

(3) 表面化学反応のリアルタイム位置分解観察
 自動車の排気ガス中に含まれる有害物質は,浄化装置に組み込まれた触媒によって無害化されますが,近年の環境意識の高まりを受けて,より浄化機能の高い触媒が求められています。このような触媒反応中の表面においては,分子の吸着,拡散,凝集,脱離,といったプロセスが複雑に絡み合いながら,様々な反応中間体を経て最終的な生成物へとたどり着きます。したがって,表面化学反応の機構を解明するには,いつ,どこに,どんな化学種が,どれだけの量あり,それがどのように移動し,反応していくのかをリアルタイムで観察する必要があります。本プロジェクトでは,分子の種類と量を高感度,高精度で解析できる軟X線吸収分光法に,水平・垂直直線偏光を組み合わせることで,反応中の分子がどちらを向いているか(配向)も同時に調べることができます。さらに,光電子顕微鏡を利用した全く新しいアイディアによって,100 nmの位置分解能と100 msの時間分解能を同時に実現できる技術を開発し,表面化学反応をリアルタイムで(繰り返しによらずに),位置情報も含めて追跡します。こうして解明した反応機構に関する知識を,新たな化学反応の設計やより高性能の触媒開発へと活かしていきます。

図3 表面における化学反応の進行プロセスの模式図。

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KEKトピックス
「量子ビーム基盤技術開発プログラム」課題採択決定

KEK Press Release(英語版)
Photon Factory starts the fast polarization switching project

文部科学省報道発表
平成20年度「光・量子科学研究拠点形成に向けた基盤技術開発」の課題・実施機関の決定について

「量子ビーム基盤技術開発プログラム」採択課題一覧



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