結晶基板からの巨大圧力により揃う電子軌道
−マンガン酸化物における電子状態変化の直接観測に成功−




2008年1月21日


 東京大学大学院理学系研究科・工学系研究科の研究グループ(和達大樹(わだち・ひろき)博士(現在、日本学術振興会海外特別研究員,ブリティッシュコロンビア大学)、組頭広志(くみがしら・ひろし)准教授、藤森淳(ふじもり・あつし)教授、尾嶋正治(おしま・まさはる)教授)は、東北大学金属材料研究所の川崎雅司(かわさき・まさし)教授・東京大学物性研究所のMikk Lippmaa(ミック・リップマー)准教授のグループと共同で、光電子分光法によるマンガン(Mn)酸化物における、結晶基板からの巨大圧力による電子状態変化の直接観測に成功しました。

 Mn酸化物は、様々な興味深い性質のため多くの興味を集めている系ですが、本研究で特に注目したのはスピン・電荷・軌道の整列という現象です。例えば、Mn酸化物の1つであるPr1-xCaxMnO3では、バルク試料では図1の上に見られるような相分離が知られており、特に微視的な(原子レベルでの)相分離は1次元的な梯子状をしたストライプと言われる構造をしています。

 東京大学のグループは、これらの物質の薄膜を作製し、結晶基板からの巨大圧力をかけることで、この物質の電子状態変化の直接観測に成功しました。用いた基板はLaAlO3であり、Pr1-xCaxMnO3と同じ結晶構造(3次元ぺロブスカイト型)をとりますが、格子定数がPr1-xCaxMnO3よりやや小さくなっています。この格子定数の違いのため、Pr1-xCaxMnO3に対して面内に圧縮する歪みをかけることになります。同じ歪みを実際に圧力をかけて実現しようとすると数GPaというとてつもない圧力が必要となってしまい、圧力をかけるだけで大変な上、電子状態の観測をこの巨大圧力をかけながら行うのは至難の業です。ところが、少し格子定数の違う基板の上に薄膜試料を作製することにより(この場合はPr1-xCaxMnO3をLaAlO3の上に)、このような巨大圧力を高圧装置を用いずに実効的に実現することができます。

 すると、Pr1-xCaxMnO3の状態がバルク試料と大きく異なることが分かりました。図1の下に示したように、面内に圧縮する歪みをかけるとPr1-xCaxMnO3はバルク試料で見られた相分離を示さず、完全な絶縁体になります。面内に見られたストライプも消え、軌道は面外に揃うと考えられます。この変化を観測するのに用いた実験手法は光電子分光法とよばれるスペクトル強度(電子状態密度)を観測する手法です。スペクトル強度で見ると、Pr1-xCaxMnO3のバルク試料と薄膜試料の違いは図2のように観測されます。Caの量を多くしてホールをドープした場合、バルク試料では相分離を反映し、フェルミ準位は固定され、スペクトル強度の移動によってフェルミ準位上に新しい状態ができますが、薄膜試料では完全な絶縁体としてフェルミ準位の移動が起こるのみであり、スペクトル強度の移動や新しい状態の形成は見られません。

 本研究の成果は、結晶基板からの巨大圧力によるMn酸化物における電子状態変化の直接観測に成功したという点で世界に類の見ない画期的なものと考えられます。

 この研究成果は2008年1月15日発行のPhysical Review Letters誌に掲載されました。

H. Wadati, A. Maniwa, A. Chikamatsu, I. Ohkubo, H. Kumigashira, M. Oshima, A. Fujimori, M. Lippmaa, M. Kawasaki, and H. Koinuma: "In Situ Photoemission Study of Pr1-xCaxMnO3 Epitaxial Thin Films with Suppressed Charge Fluctuations", Phys. Rev. Lett 100, 026402 (2008).

図1:バルク試料とLaAlO3上の薄膜試料でのPr1-xCaxMnO3の状態の違い。

 

図2:バルク試料とLaAlO3上の薄膜試料でのPr1-xCaxMnO3のスペクトル強度(電子状態密度)の違い。


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