担当者:仁谷浩明
2010年9月17日更新
実験概要
XAFSとはX-ray Absorption Fine Structure(X線吸収微細構造)の略称であり、ある特定のエネルギー(元素に固有のX線吸収端)領域におけるX線吸収スペクトルを測定した際に観測される吸収係数の振動のことを指します。XAFSはX線を吸収した原子(A)から発生する光電子波が周囲の他の原子(B)で散乱され、散乱された光電子波が原子(A)に到達することで、原子(A)のX線吸収係数が変調されることから発生します。このX線吸収係数の変調は、X線吸収原子(A)と散乱原子(B)の種類(元素)や数、電子状態、原子間の距離、温度などにより変化します。このことから、XAFSを解析することにより、材料中の原子の化学形や近傍の原子との結合に関する情報(局所構造)を得ることができます。XAFS測定は試料の状態、雰囲気等の自由度が大きく、ガスや液体、アモルファス状の試料の測定も可能です。近年は動的な変化を実時間で観測することも可能なシステムの導入も進んでおり、たとえば自動車用排ガス浄化触媒の実使用条件下での反応機構解明に威力を発揮するなど、材料研究の有力な手段となっています。また、原理的にXAFS解析は高い元素選択性を持つため、材料中に多種の元素または、同じ元素で化学種の異なるものが混在していても区別して解析することができ、土壌や植物など環境科学分野での利用も進んでいます。
下図は実際のXAFSスペクトルを示しており、通常大きく2つの領域に分けて解析されます。
一つは吸収端(X線吸収係数が大きく上昇するところ)から50 eV程度までの領域で、XANES(ゼインズ,
X-ray Absorption Near Edge Structure, X線吸収端近傍構造)と呼ばれます。吸収端は原子の内殻電子がより外側の空き軌道に遷移するエネルギーを示しています。この領域は主にX線を吸収した原子自身の電子状態の情報を含んでおり、原子価や構造の対称性などの解析が可能です。
一方でXANES以降1000 eV程度にわたって見られる振動構造をEXAFS(イグザフス, Extended X-ray Absorption Fine
Structure, 広域X線吸収微細構造)と呼びます。この領域からはX線吸収原子周囲の構造情報(原子間距離や配位数など)を得ることができます。試料にもよりますがX線吸収原子を中心として周囲約0.5
nm程度までの構造情報を得ることができます。
XAFSはX線吸収端近傍での測定となりますので、測定したい元素(と吸収端の種類、K端、L端、M端…)によって使用するX線のエネルギーを選ぶ必要があります。PFの硬X線XAFS実験ステーションでは、2.1
- 42 keVの範囲のX線を利用することができます。このエネルギー範囲で測定可能な元素は、
・K吸収端:P(リン) - Ce(セリウム)
・L吸収端:Zr(ジルコニウム)より重い(原子番号が大きい)すべての元素
・M吸収端:Pt(白金) より重いすべての元素
となり、非常に多くの元素に対してXAFS測定を行えます。
※P(リン)よりも軽い(原子番号が小さい)元素に対するXAFS測定はPFの軟X線XAFS実験ステーションで行うことができます。
硬X線は空気中や試料を透過する能力が高いため、測定は試料を空気中においたまま実施することができます。また応用として、ガスを流しての反応や、溶液中での反応などをを行いながらでの”その場”測定(in-situ 測定)も比較的容易に行えます。このようなin-situ 測定では、反応過程を高速かつ繰り返し測定可能な”時間分解測定”という手法も利用されます。PFではQuick XAFS (QXAFS)法、Dispersive XAFS (DXAFS)法、レーザーポンププローブ法と呼ばれる時間分解XAFS測定が利用可能です。これらについては別のページで紹介しています。<時間分解XAFSへリンク>
溶液やガスなど希薄試料の測定には、蛍光XAFS法という測定方法も準備しています。共同利用で利用可能な測定機器としてライトル検出器、19素子Ge-SSD(Solid State Detector)が導入されています。
現在PFでは、主にXAFS実験を主としている7C、9A、9C、12C、NW10A、NW2の合計6つの硬X線XAFS実験ステーション間ではハードウェア、ソフトウェアの共通化が進められており、ユーザーはどの実験ステーションでも同じ操作で実験が進められるように整備しています。その他の実験ステーションでは独自のXAFS測定システムを用いて実験を行います。
XAFS実験からは、X線吸収原子の電子構造や周囲の原子の存在状況を元素選択的に求められます。得られる情報を具体的に書き出すと次のようになります。
主に吸収原子に関する情報はXANES解析から、散乱原子(吸収原子の周囲の構造)に関する情報はEXAFS解析から得ることができます。
XAFS測定は固体を対象に行う場合が多いですが、固体、液体、気体、いずれの測定も可能です。周期的な構造を有する結晶だけでなく、ガラスのような非晶質の局所構造を調べられることが特徴です。また、基板上に生成された厚さ数nmの薄膜や半導体中のドーパント、希薄溶液などの測定も可能です。さらに、X線回折では測定困難な直径数nmの微粒子の測定にも威力を発揮します。
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