共鳴X線散乱法による電子軌道秩序の観測手法の開発とその応用

2003年12月2日


 本機構での放射光を用いた研究に端を発した業績により,村上洋一氏が第17回日本IBM科学賞を受賞されました。ここでは,その研究の内容について簡単に説明します.

 私たちの身の回りに存在する物は、全て原子によって構成されています。個々の物体の性質(物性)は これら原子の並び方(配列)や原子自身の持つ性質により決まります。近年興味深い物性を示して注目を集めている高温超伝導体、重い電子系や巨大磁気抵抗物質といった強相関電子物質群は、この原子を構成している電子の持つ3つの内部自由度 (電荷・スピン・軌道)がその物性に決定的な役割を果たしていると考えられています。 そのため物性物理学の研究分野では、この電子の持つ内部自由度を調べることが重要な研究テーマとなっています。しかしながら、電荷・スピンといった自由度が比較的容易に調べられたのに対し、軌道自由度(電子密度分布のかたちの自由度)を調べる研究手段はごく限られていただけでなく、難しくあまり進められていませんでした。 村上洋一氏は、放射光を用いてこの軌道自由度を調べるための新しい研究手段(共鳴X線散乱)を世界に先駆けて開発し、さまざまな物質系での軌道秩序相転移を初めて解明する成果を挙げました。

 通常のX線散乱は、原子内の多数の電子による散乱によって物質の構造を知る有力な手段です。一方、物質の電気・磁気・光学的性質に重要な役割を演じる軌道の自由度を担っているのは、原子当たり数個の電子であり、それらの電子軌道状態の違いを示すX線散乱強度は極めて小さいため軌道状態を直接探ることは大変困難でした。村上洋一氏は、電子の軌道間遷移(X線吸収端)を利用した共鳴X線散乱を用いると、原子散乱因子の異方性から電子の空間分布の周期的空間配列を決定できることを実験的に示しました。さらに、近年の物性物理科学の中心的な研究課題となっている遷移金属酸化物d電子系、希土類金属化合物f電子系などの電子物性研究に適用し、長い間、予測されていた軌道秩序相転移を実験的に観測することに成功しました。特に、Mn酸化物における相転移が強相関電子系物質科学の主要な研究テーマのひとつである巨大磁気抵抗効果と強い関連があることで大きな反響を呼び起こしました。また、新手法を駆使することにより、ナノスケールの膜厚の軌道秩序薄膜や軌道超格子の測定に成功しています。電子軌道状態は電子の運動方向を直接的に制御するために、これらの強相関電子系デバイスの発展にも本手法の適用が期待されており、基礎研究だけでなく将来の応用研究にも繋がる可能性を秘めて社会的にも価値が高いものと位置付けられています。

 以上のように、独創的な実験手法の開発によって物性科学において磁性物理学と並び得る軌道物理学と呼ぶべき新しい研究分野の形成を先導する多大なインパクトを与えた村上洋一氏の業績に日本IBM賞が贈られました。

 村上氏のこの研究内容については「KEKトピックス」でも詳しく取り上げられています。

 

11月28日(金)千代田放送会館(東京都千代田区)での授賞式にて

 


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