ミュオン標的安全診断系

標的安全診断系~温度、振動、音は貴重な情報源~

 J-PARCの物質・生命科学実験施設(MLF)では、1MW の強大な陽子ビームを黒鉛製ミュオン標的に照射することでミュオンを発生させている。その際、標的材料には瞬間的に数キロワット規模の熱負荷が加わり、かつ放射線損傷が蓄積されていき、標的材料及び回転機構部品は劣化していきます。長期にわたる安定運転を実現するためには、初期設計はもちろんですが、運転時における異常の早期発見が重要になります。しかし、高放射線区域である標的周辺に人が近づくことはほぼ不可能なため、標的の温度、振動、音等の様々な情報を駆使することで標的の異常を検知するシステムの開発が求められています。

  MLFのミュオン標的は黒鉛製でドーナツ型形状が採用されており、標的本体を回転させることで熱または放射線損傷の集中を避け、標的の長寿命化を可能にしています。また、内部に冷却水配管が設置された冷却ジャケットが標的本体を半分覆うことで、非接触な冷却(輻射冷却)を可能にし、これにより回転する標的で発生する熱は除去されています。   ミュオン標的は回転させるためにモーター、シャフト、ベアリングやマイタギア等の様々な回転機構が組み込まれていて、標的の寿命はこれらの回転部品(特にベアリング)の寿命により決定されます。標的本体とシャフトを繋ぐ構造体には、インコネル合金(インコネル600)が用いられています。インコネルは熱伝導性が比較的低く、かつ高強度・高耐熱性を有することから、熱遮断部材として最適で、標的本体の高温から駆動系へ伝わる熱を遮断し、シャフト及びベアリングの温度上昇を防いでいる。加えて、標的本体とシャフトの間には複数のプレートを用いて十分な距離を設けることで、構造的にも熱的にも分離 される設計となっており、多くの工夫が施された構造になっています。

 

ベアリング由来の振動 

  回転標的には、モータ回転系の監視システムも備わっている(ミュオン制御系参照)。ミュオン回転標的の回転は、専用のモータドライバによって精密に制御されており、標準的な運転条件下では15 RPM(毎分15回転)、すなわち0.25 Hzの一定速度で回転している。この回転速度の制御には、モータ内部に搭載されたレゾルバから取得される回転角度の情報が用いられ、ドライバが常時そのデータを参照しながら出力を調整することで、安定した回転を維持している。これらのデータを解析したところ、一定周期の振動成分が得られており、これが回転を維持するのに必要なベアリング由来の振動周波数と一致することが分かっています。これらの振動成分は標的の回転機構状態が正常か異常かを判別する材料として非常に有能で、回転機構部品交換後の正常確認に役立っています。

赤外カメラによる標的本体の 温度観察

また、回転標的には 複数の熱電対が冷却ジャケットや冷却軸受部に設置されており、標的周辺の温度をリアルタイムで監視していますが、これらは回転する標的本体ではなく、冷却ジャケットや回転軸内部等標的周辺に設置されているもので、標的自身の温度を監視しているものではありません。そこで、様々な制約条件がある中、ビームライン上流に赤外カメラを設置しビーム照射時の標的本体の温度を観察することに成功しました。放射線の影響によるカメラ関連機器の不具合等、運用には多くの問題はありますが、標的モニタリングシステムの一つとしての可能性、また温度データを用いた材料解析など幅広い発展が期待されます。

 
 MLFのミュオン回転標的は大きなトラブルもなく運用されていますが、今後もビーム強度の増大に応じて、初期設計時には予期しなかった機器の不具合などが生じる可能性があります。これらに対応するには、これまでの運用で得た知見やデータを次世代のシステムにフィードバックする必要があり、今はデータを蓄積・解析しているところです。非常に難しい内容ではありますが、解析を通して新たに知見を得られるなどやりがいもある仕事です。今後も安定な運用の継続に邁進していきます

(担当:砂川 光)