軟X線領域のXAFS測定
高エネルギー加速器研究機構物質構造科学研究所放射光研究施設(KEK-PF): 北島 義典
yoshinori.kitajima@kek.jp
2002年 4月 4日更新
本稿は、去る1995年6月26日に東京大学における第3回東日本XAFS勉強会で行った講演の要旨をもとにまとめたものであり、新しい文献などは含まれていない。
[0]はじめに
- 3.5keV以下の軟X線領域には様々な学問分野で非常に重要な第2、第3周期元素(C, N, O, F, Ne, Na, Mg, Al, Si, P, S, Cl, Ar)のK吸収端が含まれており、また数多くの金属元素のL吸収端、M吸収端も存在し、XAFSによる研究の潜在的需要は非常に大きいと思われる(図1;→吸収端エネルギー一覧表)。しかし、これまで主に実験的な困難さのため(あるいは必要以上に困難と考えられているため)に軟X線を利用したXAFS研究は必ずしも盛んであるとは言えない。そこで今回の勉強会における講演では、軟X線領域のXAFS測定における様々な問題点を概説するとともに、できるだけ多くの実験例を紹介して、これから軟X線領域のXAFS実験をしてみようという実験者の参考になるように心掛けたつもりである。
図1:軟X線領域(100 eV - 3.5keV)に存在する元素のK/L3/M5吸収端
[1]軟X線領域XAFS測定の問題点1:透過能の小ささ
[2]軟X線領域XAFS測定の問題点2:妨害元素の問題
- 軟X線領域では妨害元素の問題に特に注意が必要である。軟X線領域では、隣の元素の吸収端が近接しており、またL吸収端、M吸収端も多い(図1参照)。さらに軽元素(C, O, Si, S, Clなど)は遍在しており、試料(およびその周辺)やI0モニターの不純物に注意しなければならない。
[3]透過法による測定例
- 透過法による測定は直接的であるが、前述のように試料の準備が困難な場合が多い。様々な測定例として以下のものを紹介した。
Si気体[S.Bodeur et al., Phys. Rev. A 41, 252 (1990)]
O気体[N.Pangher et al., Phys. Rev. Lett. 71, 4365 (1993)]
Si薄膜[N.Nagashima et al., Phys. Rev. B 48, 18527 (1993), M.Wakagi et al., Phys. Rev. B 50, 10666 (1994)]
Ce(M4,5)蒸着薄膜[S.Turchini et al., J. Elec. Spec. Relat. Phenom. 71, 31 (1995)]
Ni(L2,3)蒸着薄膜[Y.U.Idzerda et al., Nucl. Instrum. Methods A 347, 134 (1994)]
S粉末[A.Filipponi et al., Phys. Rev. A 48, 1328 (1993)]
[4]透過法に代わる方法
- 透過法に代わる方法として様々な電子収量法や蛍光X線収量法が用いられている。これら収量法で重要なことは“透過と等価な信号が得られているかどうか”であり、特に吸収端近傍(XANES)では未確認のことが多い。
- 全電子収量法による結晶試料や粉末試料の測定例を紹介した。全電子収量法では絶縁物の測定におけるチャージアップの問題を避けることは困難である。また“中途半端な表面感度”の問題もある(表面を酸化したSiの測定では、全電子収量法が見ている深さは100Aよりは大きく、1000Aよりは小さいと考えられる)。
- 蛍光X線収量法による測定例を紹介した(下記)。蛍光法では通常のX線の場合と同様に、表面鈍感でバルクの測定ができる、低濃度/薄膜に有効であり絶縁物にも適用可能、などのメリットがあるが、特に高濃度試料では自己吸収効果に注意が必要である。
[2002/4/4追記:軟X線領域では蛍光収率が図8のように極めて小さくなるので注意が必要である。]
図8:軟X線領域の蛍光X線収率(M.O. Krause, J. Phys. Chem. Ref. Data, 8 (1979) 307.による)。
O絶縁物結晶[L.Troeger et al., Phys. Rev. B 46, 3283 (1992)]
Si等結晶[Y.Kitajima, Rev. Sci. Instrum. 66, 1413 (1995)]
Ni(L2,3) XANESピーク強度[F.M.F. de Groot et al., Physica B 208&209, 84 (1995)]
S粉末試料[G.N.George et al., J. Am. Chem. Soc. 111, 3182 (1989), A.Filipponi et al., Phys. Rev. A 48, 1328 (1993)]
S低濃度試料[F.Sette et al., Phys. Rev. Lett. 56, 2637 (1986)]
- 収量法による測定では吸収端前のバックグラウンドはVictoreenの式には必ずしも従わないので、解析の時には注意が必要である。
[5]軟X線領域の光源に関する問題