単バンチを利用した研究例


時間分割タンパク質結晶構造解析

 生物は巨大な連鎖反応系であり,化学反応を触媒する多くのタンパク質分子がこれを 動かしています。目が物の像をとらえ,神経系がそれを伝え,脳で判断し, 筋肉が動く。これらのそれぞれの段階で多種多様なタンパク質分子の構造変化が 寄与しています。したがって反応中のタンパク質分子の構造変化をとらえることは, 生物の機能の理解にとって最も基本的なことであるといえます。
 時間分割タンパク質結晶構造解析では,PFーARの単バンチX線パルスを タンパク質結晶に照射し,反応途中の分子構造の動きをマイクロ秒からナノ秒の 時間分解能で解析することを目的としています。

時間分割X線吸収分光(XAFS)

 結晶構造解析法では三次元の構造情報が得られますが,結晶状態の試料しか 研究できません。一方世の中にある多くの物質は溶液や非晶質であり, XAFSは生きたままの生物を含め,このような対象の構造・電子状態の研究にも 利用できます。単バンチ運転を利用すると,反応を開始する刺激と放射光のパルスの タイミングを制御することによって,バンチ間隔(1.3μs)以下の時間分解測定が できるようになります。
 このようにして,例えば血中でのヘモグロビン(Hb)の酸素や一酸化炭素の 脱着機構等を直接研究することが可能になります。

表面光化学反応(分子メス)

 分子の化学結合を任意の位置で選択的に切断する手法を分子メスと呼びます。 その手法の実現は化学者の永年の夢であり,新しい分子デバイスの実現や 物質加工・創製への広範な応用が期待されています。
 分子中のある原子の内殻電子を励起する波長の光を利用すると,分子内の特定の 原子の近傍での選択的な切断が期待でき,すなわち光を分子メスとして 利用できることになります。
 PF-ARの単バンチ運転で得られるパルス光は,この分子メスによる切断生成物の 検出と特定に有効で,分子メスの手法の開発になくてはならないものです。

核共鳴散乱・分光

 核共鳴散乱・分光実験は、原子核の共鳴現象を通して、注目する核の運動状態や その回りの電子状態に関する知見を得るためのものです。 従来のγ線を用いるメスバウアー分光では、限られた核種の固体試料が対象でしたが、 エネルギー可変な放射光を用いることにより、様々な核種の液体試料においても 観測が可能になりました。また、放射光の指向性を用い、高圧下などの極端条件化や 表面などの微小試料においても測定が試みられています。PFーARの単バンチ性は、 右図に示すように核からの信号を電子からの信号から分離して検出するために 不可欠なものです。

コンプトン散乱による電子・磁気構造の研究

 物質内の電子の運動の方向と速度(運動量)分布を知ることにより、物質の 電気的・磁気的性質を決定する電子状態を明らかにすることが可能となります。 入射X線が物質内を運動している電子に衝突すると,エネルギーの一部を失って 散乱してくるX線(コンプトン散乱X線)と,エネルギーをもらって飛び出してくる 電子(反跳電子)が生成されます。これらを測定することにより,物質内の電子の 運動量を完全に知ることができます。
 コンプトン散乱強度は非常に小さいため,大強度の高エネルギーX線を 必要とします。また反跳電子のエネルギー測定には,単バンチ運転が不可欠です。