PF次期光源検討の現状


放射光科学第二研究系 河田 洋
(Photon Factory News Vol.23 No.3 Nov, 2005 より)

1.検討の経緯
 フォトンファクトリーの将来計画の検討の歴史をはじめに振り返りますと,1997年ごろには4 GeVクラスのストレージリングの案が考えられましたが,当時は機構内ではJ-PARC計画の推進が優先的課題であったこと,機構外ではVUV・SX光源計画が熱心に議論されていたことなどがあり,大きな進展は見られませんでした。その後,PFでは2002年ごろからX線領域でのコヒーレント特性,短光パルス性,ナノビームという先端性を有し,かつ多くの研究を同時に実行することのできる汎用性をも兼ね備えた光源としてEnergy Recovery Linac (ERL)の検討が行われ[1],また2004年には上記の性能を部分的に実現する可能性のある高度化されたストレージリング(スーパー・ストレージ・リング(SSR))の可能性が浮上してきました[2]
 本年度に入り,次期光源として,その両者のどちらを選択すべきかを検討する「フォトンファクトリー次期光源検討委員会」が物構研の運営会議のもとに設置され,精力的に検討が進められました。委員会委員は,加速器研究者と放射光利用研究者からなり,機構全体および国内の加速器研究者・放射光ユーザーの意見と知恵が反映されるような工夫がされています(表1参照)。さらに,委員会の下には具体的な光源仕様,問題点等を検討する光源検討ワーキンググループと,次期光源で展開されるべき利用研究を検討する利用研究検討ワーキンググループが設置され検討が行われました。各ワーキンググループは7月から9月にかけて当初分かれて検討を進め,最後に光源検討,利用研究両WGの合同会合をへて,9月6日の第2回次期光源検討委員会で光源計画の方向性を「フォトンファクトリー次期光源としてはERLをベースにすべき」と決定しました。以下に各ワーキンググループの検討経緯を紹介し,皆様のご理解及びご支援を賜りたく存じます。

表1 フォトンファクトリー次期光源検討委員会

  氏  名 所  属 ・ 職  名
機  構  外
朝倉 清高
北海道大学触媒化学研究センター教授
雨宮 慶幸
東京大学大学院新領域創成科学研究科教授
柿崎 明人
東京大学物性研究所軌道放射物性研究施設長
加藤 政博
自然科学研究機構分子科学研究所教授
熊谷 教孝
(財)高輝度光科学研究センター加速器部門長 
下村 理
(財)高輝度光科学研究センター審議役・研究調整部長
羽島 良一
日本原子力研究所東海研究所光量子科学研究センター主任研究員
藤森 淳
東京大学大学院新領域創成科学研究科教授
水木 純一郎
日本原子力研究所関西研究所放射光科学研究センター長
村上 洋一
東北大学大学院理学研究科教授
機  構  内
松下 正
物質構造科学研究所副所長
野村 昌治
物質構造科学研究所放射光科学第一研究系研究主幹
飯田 厚夫
物質構造科学研究所放射光科学第一研究系教授
柳下 明
物質構造科学研究所放射光科学第一研究系教授
伊藤 健二
物質構造科学研究所放射光科学第一研究系助教授
河田 洋
物質構造科学研究所放射光科学第二研究系研究主幹
若槻 壮市
物質構造科学研究所放射光科学第二研究系教授
澤  博
物質構造科学研究所放射光科学第二研究系教授
春日 俊夫
物質構造科学研究所放射光源研究系研究主幹
前澤 秀樹
物質構造科学研究所放射光源研究系教授
伊澤 正陽
物質構造科学研究所放射光源研究系教授
神谷 幸秀
加速器研究施設長
生出 勝宣
加速器研究施設加速器第二研究系研究主幹
榎本 收志
加速器研究施設加速器第三研究系研究主幹

 

2.フォトンファクトリー次期光源が目指すもの
 放射光は,これまで物質・生命科学研究分野に対してふたつの役割を果たしてきました。すなわち(1)それまでには他の手法では見ることができなかったものを見えるようにするという極めて先端性の高い研究・解析・分析ツールとしての役割,と(2)それまでには存在しなかった新しい機能をもつ新物質,新材料について放射光だからこそ得られる原子・電子レベルの静的・動的構造情報をタイムリーに提供するという高度な汎用的ツールとしての役割,です。PFは,大学共同利用施設という使命を認識し,上述の二つの役割の両方をバランスよく果たして行くことを目指すべきと考えています。
 そのような大筋の方向性のもと,次期光源で展開されるサイエンスとその光源仕様に関して,2003年3月に,「放射光将来計画検討報告−ERL光源と利用研究」を,2005年3月には,「放射光将来計画検討資料2004−今後の将来計画検討のために−」を出版してきました。その内容は表2に示すよう先端的放射光の性能を用いた「時間領域測定」「空間的コヒーレントX線を用いた広義のイメージング測定」そして「ナノビームを用いた種々の放射光計測による局所電子構造・状態解明」をベースにした種々のサイエンスが期待されます。一方それを実現するハードウエアーには,放射光科学全体の発展を考えますと,それらを同時に展開することができることが必要であり,次期光源に求められる光源特性は表3に示すものが必要不可欠と考えています。

表2 次期光源で目指すサイエンスの例 

<生命科学>
○ 生体高分子超複合体や膜タンパク質のナノ結晶構造解析による構造生物学の新展開(真の医学応用へ)
○ ポリマー高分子の階層構造の形成・消滅のダイナミクスを含めた完全理解。(新機能物質の開発)
<時間領域測定による新たな展開>
○ 光誘起相転移現象の徹底理解(次世代高速通信素子開発への応用)
○ 強光子場中の分子ダイナミクス
○ ナノ磁性体のスピンダイナミクス(スピントロニクスへの応用)
○ 光誘起水分解触媒反応のダイナミクス(環境触媒,電池材料開発)
○ 溶液中反応ダイナミクス
○ 光反応性タンパク質の構造ダイナミクス→電子移動の観測へ(タンパク質の機能の直接的解明)
○ 非晶質物質の高時空分解能動画イメージング
<物質科学>
○ 触媒科学:光触媒の機能発現(水分解触媒の開発(エネルギー問題))
○ 光機能材料の開発研究(記録媒体,高速スイッチング素子開発)
○ 工業材料の評価(例えば腐食メカニズムと防食材料開発)
○ 燃料電池の機能解明とその開発
○ 光誘起現象の徹底解明。(高速通信素子開発へ)
○ 相転移現象のダイナミクス,揺らぎ現象。
 (スペックル測定をベースにしたX線光子相関分光)
○ 表面・界面における軌道・電荷秩序の外場応答(新しい機能物質創生)
○ 高分解能RIXSによる電子励起のバンド分散
○ 微量試料[ナノマテリアル]の電子密度分布測定による機能解明。
○ コヒーレント軟X線共鳴散乱スペックルによる磁気秩序のの解明。(スピントロニクス素子の開発)
○ 時間分解高分解能光電子分光による光誘起状態の電子状態解明
○ etc.,,, その他,全ての現在行われている放射光利用研究において微小領域化・高エネルギー分解能化が進行

 

表3 次期光源として要求される仕様

光子エネルギー範囲
30 eV〜30 keV
(コア領域50 eV〜20 keV)
輝度
1021〜1023
ph/s/0.1%/mm2/mrad2 @10keV
コヒーレントフラクション
10〜20%@10 keV
エミッタンス
10 pmrad @10 keV
短光パルス
〜100 fs
ビームライン数
〜30本


3.各検討ワーキンググループの検討経緯
 光源検討ワーキンググループでは実質的な検討会が6月から9月までの間に6回開催され,ERL及びSSRにおける技術的な問題点,及び開発要素の洗い出しが行われました。特にERLに関してはその心臓部である電子銃の見通しとその実現性,またVUVからX線に至るまでのサイエンスを展開できるハードウエアーの可能性が検討され,一方,SSRに関しては縦と横のビームエミッタンスをカップルさせ10 pmradを実現しようとした時の技術的な可能性,および短い光パルスを得るための「Crab空洞法」,「Laser Slicing法」の議論を行ないました。また,それらが実現できたときの将来性・発展性に関しても議論されました。
 一方,利用研究検討ワーキンググループでは実質的な検討会が5回開催され,時間領域測定,コヒーレント特性,生命科学,構造物性,化学・材料の各研究分野についてのタスクフォースの検討報告をもとに議論を行いました。そして,将来性をも含めて各タスクフォースから見たときのSSRとERLの適性について議論を行ないました。また,8月10日 「挿入光源ビームライン増強に関するユーザーズミーティング 」に将来計画のセッションを設けてPF懇談会ユーザーグループとの意見交換を行うとともに,境界領域の新しいサイエンスに関して自由討論を行い,必ずしも結論は出ないですが将来の夢を語り合いました。

4.光源の選択
 次期光源が持つべき性能・性格は主に利用研究検討WGにおいて再検討し,特に10年後から稼動する次期光源を考えるとき,先端的な放射光の性質(コヒーレントX線,短光パルス,ナノビームと種々の放射光実験と融合)は重要な位置を占め,種々な実験手法でそのような先端性を有することが物質科学の発展に重要であることが確認されました。したがって,PF次期光源は表3の仕様を持つべきであることが再確認され,この仕様を満足する光源として,現時点ではERLとSSRが候補に挙げられますが,その得失を光源検討ワーキンググループ,及び利用研究ワーキンググループの両者で議論しました。その概要をまとめたものが表4です。
 SSRに関しては,基礎となる3 GeVクラスの高性能第三世代光源は建設が決定されれば実現には基本的な困難さは予想されず,比較的短期間で表3にある超低エミッタンスや超短光パルスを要しない目的には高性能光源を得ることができるであろうことが確認されましたが,表3にある10 pmradの水平方向エミッタンスや100 fs程度の超短光パルスを得るためには,長直線部にこれらのための特殊装置を導入することで実現しようとするものです。したがって,これらの装置を導入していない直線部に対応するビームラインにおいては,超低エミッタンス化,超短光パルスの恩恵にはあずかれず,さらに,超低エミッタンス,超短光パルスを同時に要求される場合は実現困難です。
 一方ERLは全世界でも,可視光やIRなどの小規模な装置が稼働しているのみで,表3の仕様を満足するものは存在していません。ERLの場合,蓄積リングの場合とは異なり,電子銃の性能が最終的な光源の性能を決定します。その意味で電子銃の開発要素ならびにその実現性がこの技術の鍵を握っています。検討の中で,想定しているビーム電流値(約100 mA)では,現在実現している電子銃のエミッタンスは約一桁悪いが,微少電流ではこのエミッタンスは実現していることが明らかとなりました。そして,その性能は電子銃の更なる技術開発によって全てのポートで向上していくことが期待されます。ERL特有のビーム力学上の理論的な検討もまだ十分ではなく必要です。一方,超伝導加速空洞については,リニアコライダ用空洞の開発と共同すればよいとの議論がなされました。前述のように所定のエネルギーのERLが実現していない現時点では200 MeV程度の実証機の建設が不可欠であることも確認されました。
 一方,利用研究検討WGでも各タスクフォースから見たERLとSSRの適性を評価した上で,そしてそれらをまとめて整理しました。ここのタスクフォースの検討結果は省略いたしますが,全体をまとめると表4にあるように,SSRでは限られたビームポートでのみ先端的特性を利用できるに過ぎず,最終的な到達点で全体に先端的needsに応えられるか疑問があるのに対して,ERLではすべてのビームポートで先端的特性を利用することが原理的に可能であり,放射光科学の全体の基盤的底上げか可能です。また,ERLを選択した場合,低光子エネルギー(数十eV)側にどう対応するかの議論も行われ,実証機(0.2〜0.3 GeV)に適切な挿入光源を導入することで対応できる可能性があることが示唆され,必要とする最低の光子エネルギーやビームライン数を考慮に入れながら,さらに検討する必要があることが光源検討ワーキンググループと利用研究検討ワーキンググループの合同ミーティングで確認されました。
 両検討ワーキンググループでのSSR,ERLの検討の結果,次期光源はその将来性および拡張性に鑑み,ERLの選択が妥当であろうとの決論に達し,またその議論の結果を9月6日に開催された第2回PF次期光源検討委員会で報告し,委員会でさらに慎重に議論した結果,PF光源検討委員会としては,PF次期光源として5 GeVクラスのERLを選択することが決定されました。

表4 光源検討ワーキンググループ及び利用研究検討ワーキンググループで検討されたERLとSSRの得失

光源加速器技術の立場から検討したERL,SSRの得失

  ERL SSR
利 点
●全ビームラインで極低エミッタンス,極短光パルスを実現可能
●電子銃の改良とともに性能があがる
●ベースとなるstorage ringそれ自体が高性能光源
●ベースとなるstorage ringの建設期間が短い
●汎用マシンとしては成熟している

欠点
問題点

●建設開始時に仕様を満足する電子銃が完成しているか否か不明
●ビーム運動学上の更なる検討が必要
●VUVの発生に工夫を要する
●コヒーレントX線発生技術,短光パルス発生技術が実現しても,限られたビームラインのみの恩恵
●コヒーレントX線発生技術の実現性が不明
●将来の発展性に疑義
開発要素
開発見通し
●仕様を満足する電子銃の見通しはある
●超伝導加速系の実現性は高い
●検討すべきビーム運動学上の諸問題が残されている
●短光パルス発生法は見通しあり
●コヒーレントX線発生技術は構想段階

利用研究の立場から検討したERL、SSRの適性

  ERL SSR
利用系から見た
ERLとSSRの
まとめ

全てのビームポートで先端的特性を利用することが原理的に可能であり,放射光科学の全体の基盤的な底上げが可能。

限られたビームポートでのみ先端的特性を利用するに過ぎないが,第3世代光源としての立ち上がりには問題はない。しかし,最終的な到達点は、先端性を担い得るポートの数で全体needsに応えることは困難か。


5.ERL実現にむけてのその後の作業
 まず文部科学省へのアプローチとしては,現在文部科学省の科学技術・学術審議会,研究計画・評価分科会 研究評価部会のもとに設置されている「次世代放射光源計画評価作業部会」への説明があります。委員会では,次世代放射光光源計画の評価作業が太田俊明東京大学教授を委員長として8月までに主にX-FEL計画を中心にして議論がなされてきました。9月よりリング型先端放射光源に関する議論が始められ,物構研からは小間所長と河田が9月29日に開かれた第5回作業部会に計画説明のために出席し,小間所長が明確にERLをベースにした「PF 次期放射光光源計画」を表明しました。また同様な計画を提案している日本原子力研究所・関西研究所(現日本原子力研究開発機構・関西光科学研究所)と実証機の段階で協力して推進するという発言が小間所長,日本原子力研究所・関西研究所・田島所長の両者からあり,両計画が一本化できる可能性を外部に示しました。また,具体的な設計はこれからですが,図1に示しますように2003年に設計したERL をベースにして,挿入光源の本数の増大,建設コストの減少,実証機の有効利用を含めたVUV放射光の発生の工夫等を行い表3で示す光源仕様を満足することを目指すことを報告しました。その一例として図2に示すように,0.3 GeVの実証機の ERLおよび5 GeVのERLの両者を用いて適切な挿入光源を設計することによって10 eVから数10 eVまでの高い平均輝度を実現し,かつX線領域においても空間的な干渉性(コヒーレントフラクション)が10〜20%の値を得ることができることを報告いたしました。また,放射光学会の中に先端的リング型光源の今後のあり方を学会として議論する特別委員会「先端的リング型光源計画特別委員会」が設置され,10月28日に第1回の委員会が開かれ,PFの次期光源の方向性を明らかにいたしました。
 一方,具体的にERLに向けて必要な開発研究要素についての議論を放射光源系スタッフ,加速器施設スタッフ,日本原子力研究開発機構のスタッフを始め国内の加速器科学を推進する関係者(60人を超える)を一同に会して「ERLキックオフミーテイング」が10月26日に開かれました(写真1)。今後これらの関係者の実質的な検討により,実証機のデザイン,どのポイントを主に実証するかに関する戦略,そして実機のデザインが積み上げられる予定です。

○ 挿入光源の数を増大(〜30本)
○ 建設コストの減少
○ VUV放射光の発生の工夫
 (実証機の有効利用)

上記の条件を加えて設計


図1 KEK-PF の次期放射光源をERL をベースにしたハードウエアーに決定し,2003 年に検討したものをベースにして新たな条件を加味して設計を行う。

 

a)
b)

図2 ERL(5 GeV, 0.3 GeV)からの放射光の輝度およびコヒーレント・フラクション・スペクトル。a) 5 GeV ERLおよび0.3 GeV ERLに適切なアンジュレーターを用いることで数十 eVから数十keVまでの放射光を得る。b) 軟X線からX線領域で期待されるコヒーレント・フラクション。10 keV領域で10〜20%のコヒーレント・フラクションを達成。

 

写真1 熱心に耳を傾ける参加者

     

6.年次計画
 現在J-PARCのプロジェクトを進めているKEKの状況を見ると,ERL建設を直ちに開始する状況には残念ながらありません。また検討しなければならない多くの項目があることから,実証機の建設も必須です。そのような状況の中,想定される建設スケジュールは以下の通りです。
2006〜2009 各種R&D,理論的研究,
       実証機設計と建設および実証試験
2009〜2013 5 GeV ERL建設開始,試運転
2014     供用開始

7.終わりに
 PFの次期光源についての検討を,PFスタッフ,加速器研究施設スタッフ,機構外の加速器研究者,機構外放射光ユーザーからなる検討委員,さらにその下に設けられた次期光源検討ワーキンググループを利用研究検討ワーキンググループで7月から9月までに集中的に行ってきました。その結果,ERL光源をPF次期光源の候補としてR&Dを進めることになりました。ERL光源についてはこれから解決すべき技術的問題もありますが,大きな可能性を持っている光源と位置づけられます。ERL光源の開発および将来の建設,利用研究はPFという枠を超えてKEK機構内,日本の放射光コミュニティー,加速器研究者コミュニティー,国内外の関連他機関の力を結集して行うべきプロジェクトと言えるでしょう。ユーザーおよび関係の皆様のご支援をお願いする次第です。

[1] 「放射光将来計画検討報告−ERL光源と利用研究」(2003年3月発行)
[2] 「放射光将来計画検討資料2004−今後の将来計画検討のために−」(2005年3月発行)