高輝度・ナノビーム特性を活かしたサイエンス
ナノメートルサイズのタンパク質結晶
新しい医薬品を開発するために、タンパク質の立体構造情報が不可欠であることは、今や常識となっています。かつては、薬が届くターゲットととなるタンパク質(標的タンパク質)の立体構造や機能が十分解明されていない状況で、試行錯誤的な創薬研究が行われていました。しかし現在では、ゲノム研究で得られた遺伝情報に基づいて、標的タンパク質の構造・機能情報をあらかじめ得て、その情報を活かしながら創薬探索を進めてゆく「合理的創薬」が実現しつつあります。合理的創薬を実践するために不可欠なタンパク質の立体構造を得るための手段として、放射光を用いたタンパク質結晶構造解析は、現在、最も有力で、確立した手法となっています。
一方、標的タンパク質の中には、一辺がマイクロメートル以下の非常に小さな単結晶しか得られないものも存在します。このような結晶は試料の取り扱い操作が難しく、またX線による損傷を受けやすいために、従来の放射光を用いたタンパク質結晶構造解析の対象とするには困難であると考えられてきました。しかし最近、ナノメートルのサイズのタンパク質結晶を用いて立体構造解析を行うための全く新しい測定手法が提案され、大きな注目を集めています。
新しい手法は、ナノメートルサイズのタンパク質結晶を、小さな液滴の中に包埋された状態でノズルから噴き出させ、そこにナノメートルサイズのX線ビームを照射して、タンパク質の立体構造解析に必要なX線回折データを測定するという方法です。小さな液滴をノズルから噴き出させる技術は、インクジェットプリンターの印刷ヘッドのような身近な機器でも既に実現している技術です。この新しい測定手法とX線自由電子レーザー(XFEL)を組み合わせた測定が、スタンフォード大学のLinac Coherent Light Source (LCLS)で行われ、光合成系膜タンパク質のナノ結晶の構造解析に利用可能であることが実証されました。(*1) XFELのX線パルスは非常に強力で、1回の照射で1個の結晶は破壊されると見積もられています。一方、ERLのX線パルスはそれほど高強度ではないので、照射したナノ結晶を何度も再利用できる可能性があります。この測定手法の開発はまだ始まったばかりですが、将来のタンパク質立体構造解析の主流となる有力な手法として、大きな期待が寄せられています。
(1) Henry N. Chapman, Petra Fromme, Anton Barty, Thomas A. White, Richard A. Kirian, Andrew Aquila, Mark S. Hunter, Joachim Schulz, Daniel P. DePonte, Uwe Weierstall, R. Bruce Doak, Filipe R. N. C. Maia, Andrew V. Martin, Ilme Schlichting, Lukas Lomb, Nicola Coppola, Robert L. Shoeman, Sascha W. Epp, Robert Hartmann, Daniel Rolles, Artem Rudenko, Lutz Foucar, Nils Kimmel, Georg Weidenspointner, Peter Holl, Mengning Liang, Miriam Barthelmess, Carl Caleman, Sébastien Boutet, Michael J. Bogan, Jacek Krzywinski, Christoph Bostedt, Saša Bajt, Lars Gumprecht, Benedikt Rudek, Benjamin Erk, Carlo Schmidt, André Hömke, Christian Reich, Daniel Pietschner, Lothar Strüder, Günter Hauser, Hubert Gorke, Joachim Ullrich, Sven Herrmann, Gerhard Schaller, Florian Schopper, Heike Soltau, Kai-Uwe Kühnel, Marc Messerschmidt, John D. Bozek, Stefan P. Hau-Riege, Matthias Frank, Christina Y. Hampton, Raymond G. Sierra, Dmitri Starodub, Garth J. Williams, Janos Hajdu, Nicusor Timneanu, M. Marvin Seibert, Jakob Andreasson, Andrea Rocker, Olof Jönsson, Martin Svenda, Stephan Stern, Karol Nass, Robert Andritschke, Claus-Dieter Schröter, Faton Krasniqi, Mario Bott, Kevin E. Schmidt, Xiaoyu Wang, Ingo Grotjohann, James M. Holton, Thomas R. M. Barends, Richard Neutze, Stefano Marchesini, Raimund Fromme, Sebastian Schorb, Daniela Rupp, Marcus Adolph, Tais Gorkhover, Inger Andersson, Helmut Hirsemann, Guillaume Potdevin, Heinz Graafsma, Björn Nilsson & John C. H. Spence "Femtosecond X-ray protein nanocrystallography", Nature, 470, 73–77 (2011).