第3回XAFS討論会講演「軟X線XAFSビームラインの動向」要旨

高エネルギー加速器研究機構物質構造科学研究所放射光科学研究施設(KEK-PF): 北島 義典
yoshinori.kitajima@kek.jp
2002年 5月11日更新(リンク修正のみ)


本稿は、2000年6月7日に第3回XAFS討論会(名古屋大学)で行った講演の要旨をまとめたものである。

[0]はじめに
これまでの討論会における“施設報告”に代えて、エネルギー領域を分けて“動向”という形で話をせよとのことであるが、XAFS測定に利用できる軟X線のビームラインは非常に多く、全てをカバーすることは不可能であることをあらかじめお断りしておきたい。本講演では、PFを中心として、いくつかの例を紹介しながら「XAFSビームラインの現状と課題」を“動向”としてまとめるようにしたいと考えた。


[1]“軟X線”分光器のカバーするエネルギー範囲
最初に“軟X線”を定義しておきたい。真空紫外線が紫外線と空気中の透過能で区別されているように、物質中におけるX線の透過能で硬X線と区別するのが一般的である。現在の放射光ビームラインでは、リングの超高真空との間に置くBe窓を充分に透過できない、おおよそ4keV以下のX線を軟X線と称しているのが一般的である。しかし、Be窓による吸収というのは、厚さを薄くする(例えばPF-BL-9A)か、実質的な差動排気系を組み込むことによって無くしてしまう(例えばPF-BL-2A)ことで解決できる問題であり、また、強度だけの問題と言うこともできる[窓の透過率に関しては、別ページ「軟X線領域のXAFS測定」を参照されたい]。

これに対して、どのような分光器を使うことができるか、というのは本質的な問題を含んでいる。硬X線からの延長では結晶分光器の利用ということになるが、Braggの式 λ = 2d sinθ から明らかなように、結晶面の間隔d の2倍の波長より長い(低エネルギーの)X線を分光することは不可能である(現実の分光器ではθ<70゜といった条件があり、分光可能な低エネルギー限界が少し高くなる)。硬X線領域で最も一般的に用いられているSiの場合、面間隔が最大となる(111)面で2d = 0.6270 nmあり、2.1keV程度以上にしか利用できず、これより低いエネルギー領域をカバーするためには、より面間隔の大きな結晶が必要となる。PFでは、Ge(111) [2d = 0.6532 nm]及びInSb(111) [2d = 0.7481 nm]が利用可能であるが、現在のところ、さらに面間隔の大きな結晶(KTP(110) [2d =1.0954 nm]やberyl(10-10) [2d =1.5965 nm])は、UVSOR等の低エネルギーリングでのみ利用できている(PFの場合は、熱負荷や放射線損傷のために利用できない状態である)。図1に、主な分光結晶がカバーできるエネルギー領域と代表的な実験ステーションを示した。

一方で、最近、回折格子を用いた斜入射分光器で1keVを超える領域がカバーできることが明らかになりつつある(詳しくは、当日の講演でPF及びSPring-8の例を挙げて強調したが、図2のNaClのスペクトル測定例も参考にされたい)。

Energy range of monochromators
図1:軟X線領域に存在する元素のK吸収端と分光結晶(または回折格子)のカバーするエネルギー範囲[ビームライン名は一例]

追記(2000/08/21, 09/01):SPring-8 BL27SUのperformanceについては、SRI2000(2000/08/21-25; Berlin)で報告された[第13回日本放射光学会・放射光科学合同シンポジウム(2000/01/07-09)における予備的な報告ではCl K-edge (2.8keV)程度まで利用可能とのことであった<またはSPring-8利用者情報 Vol.5 No.4 p.256-261を参照されたい>]。また、XAFS-XI(2000/07/26-31; Ako)でSPring-8 BL23SU及びBL25SUによるSi K-edgeの測定例が報告されていたが、2keV程度までは充分な強度が得られている[分解能の見積りが必ずしも充分できていないということだったが、InSb(111)分光と比べて遜色無いように思われた]。

追記2(2000/10/31):SPring-8 BL23SUのperformanceについては、Y. Saitoh et al., Rev. Sci. Instrum. 71, 3254 (2000)に報告されている。

追記3(2001/03/15):SPring-8 BL23SU及びBL25SUの測定例を含むXAFS-XIのproceedinsが出版された。Y. Saitoh et al., J. Synchrotron Rad. 8, 339 (2001)、M. Mizukami et al., ibid, 440、A. Yoshigoe et al., ibid, 502、A. Agui et al, ibid, 907、M. Tanaka et al., ibid, 1009等を参照されたい。

追記4(2001/09/09):SPring-8 BL27SU及びBL25SUの報告が行われたSRI2000のproceedinsが出版された。BL27SUに関しては、H. Ohashi et al., Nucl. Instrum. Methods A 467-468, 529 及び 533 (2001)、BL25SUに関しては、Y. Saitoh et al., Nucl. Instrum. Methods A 467-468, 553 (2001)及びS.Suga, Nucl. Instrum. Methods A 467-468, 1388 (2001)を参照されたい。

[2]強度と分解能
図1で、一口に「カバーする」と言っても、強度と分解能(さらには試料位置でのスポットサイズや偏光特性)は、各実験ステーションの光源と光学系によって異なり、もちろん光エネルギーに依存している。軟X線領域のXAFS測定の場合には、どのような測定法(信号検出法)をどのような検出器を用いて行うか、という問題(と試料の組成)が非常に重要であるが、純粋に光強度だけを考えれば、元素濃度100%の固体試料に対しては108もあれば充分である。したがって、小型リングや実験室の装置でも測定を行うことができる。一方、希薄な試料(特に共存元素が何であるかが重要)については、より大強度が求められ、大型放射光施設の利用が現実的であろう。分解能に関しては、結晶分光の場合は結晶の完全性によってほぼ決まってしまうが、回折格子分光の場合は分光器のスリット幅で変えることが可能であり(図2参照)、XANES領域とEXAFS領域を分解能を変えて測定することも可能である。

Na K-edge XANES of NaCl
図2:NaClのNa K-XANES


[3]施設・BLの選択
特に軟X線の場合は、試料や実験の目的に合ったステーションを賢く選択することが重要である。BLの性能等についての詳細は、以下に示す各施設のweb等で確認されたい。

KEK-PF   PF軟X線ステーション(BL-11B/2A/11A)
IMS-UVSOR 
SPring-8  SPring-8軟X線光化学ビームライン(BL27SU) SPring-8軟X線固体分光ビームライン(BL25SU)  SPring-8理研軟X線ビームライン(BL17SU)
立命館SRC  Rits軟X線XAFSビームライン(BL-10)  Rits軟X線斜入射回折格子ビームライン(BL-8)
広大HiSOR  HiSORビームライン一覧
佐賀県立九州シンクロトロン光研究センター

本稿をまとめるにあたり、ご協力いただいた各施設関係者(SPring-8: 大橋治彦氏ほか、UVSOR:繁政英治氏ほか、Rits:難波秀利氏ほか)に感謝します。