表面研究における放射光利用の現状と将来を考えるために
高エネルギー加速器研究機構物質構造科学研究所放射光科学研究施設(KEK−PF) 北島 義典
yoshinori.kitajima@kek.jp
2005年 7月 7日加筆
本稿は、2001年3月22日のPF研究会「高度化軟X線光源の表面化学への新展開:静的表面から動的表面・界面へ」講演「表面化学ビームラインの現状とPFの将来計画」の要旨として書いたものに加筆・修整を行ったものです。
特に将来計画のところ以下を2002年7月、2003年3月及び2005年7月に加筆しましたので、ぜひご覧下さい。
はじめに
X線領域まで利用可能な日本最初の専用放射光源としてPFリングが運転を開始したのが1982年であり、まもなく20年を迎えようとしている。この間、放射光を光源として用いる研究は飛躍的に発展している。この文章は、これから5年後・10年後に“どのような光源・施設を作っていけばいいか”考えていくための基礎資料として、表面研究に用いられる軟X線実験ステーションの現状とPFで検討中の将来計画について紹介するために作成するものである。
光源
ビームライン光学系
単色光を利用するための分光系として、2keVを超えるエネルギー領域では結晶分光器、2keV以下では回折格子分光器が用いられる。集光素子としては反射鏡を用いるのが一般的である。いずれもアンジュレータを光源とするビームラインでは、高エネルギー分解能(例えば5000)で大強度(例えば1011 ph/s)の光を試料上で比較的小さなスポット(例えば1mmφ以下)に得ることが容易になっている。偏向電磁石光源の場合は、大まかに言えば2桁くらい強度が弱くなると考えればよい。なお「軟X線領域のビームラインの現状」に関しては別ページを参照されたい。
表面化学ステーション
将来計画
PFが現時点<2001年4月>で、将来をどう考えているかについては2000年12月の第18回PFシンポジウムで報告された通りである。すなわち、
<1>現在進行中の「PF−AR高度化計画」を進めつつ、
<2>10年先を想定した新しい光源“PF−2”がどのようなものであるべきか検討する。
ただ新光源が認められるのを待つだけでなく、
<3>現在のPFリングを改造することによって挿入光源設置可能な直線部を増やそうとする“PF直線部増強計画”も考えていく。
各計画の具体的な内容に関してはPFニュース等で紹介されており、今後、web等でも順次新しい状況を公開していくようにしたいと考えている。
追記3(2002/4/11):第19回PFシンポジウムが2002年3月に開催された。上記<1>〜<3>の方針は基本的には変わっていないが、<2>の“10年先を想定した新しい光源”に関しては、「入射器に特徴を持たせた蓄積リング」という新しい提案がなされた。PFシンポジウム報告集目次からPDFファイルを参照されたい。
追記3補足(2002/7/31):その後、特に上記<2>の“10年先を想定した新しい光源”に関しての検討が施設内で行われている。現在の提案は上記「入射器に特徴を持たせた蓄積リング」をmodifyしたものである。PFシンポジウムの時点では“入射器に特徴を持たせた蓄積リング型光源”というタイトルが示す通り、外側にいわゆる“新第3世代光源”としての蓄積リングを持ち、その入射器として1GeVの超伝導linacを4回通して4GeVまで加速するという考えだった。この入射器はエネルギー回収型linac(ERL; Energy-Recovery LINAC)と呼ばれ、ビームを蓄積せずに1回限りで捨ててしまうことにより、後に述べる特徴を持った放射光を得られる画期的なものである(詳しくは放射光学会誌の記事[羽島良一、放射光14, 323 (2001)]またはCHESSのweb site http://erl.chess.cornell.edu/ を参照されたい)。
modifyされた提案では、計画をPhase-1/Phase-2に分けて考えている。
・Phase-1:1mAのMARS(Multi-turn Accelerator Recuperator Source)と外周の蓄積リング(4GeV/400mA)=2002年3月PFシンポジウム時点の案
・Phase-2:外周も含めて、全体を4GeV/100mAのERLとして利用する。
これは、Phase-2が安定した放射光源として利用できるようになるまでには、相当の時間がかかる(マシンスタディーが必要)と考えられるためで、それまでのPhase-1では、外側の蓄積リングでは、現在の第3世代光源的な利用を推進しつつ、内側のMARSで特徴的な研究を展開していこうという訳である。
●ERLの特徴と展開される新しいサイエンス
ERL光源の特徴を簡単に言うと、
[1]短パルス(バンチ長によるが、1ps以下が期待できる)
[2]高輝度(特に縦横が同じサイズで小さい)で一定の強度
[3]coherency(ある程度以上の波長では回折限界が実現する)
等が挙げられる(PFの計画とはパラメータが異なるので、直接には比べられないが、CHESSのレポート http://erl.chess.cornell.edu/papers/ERL_Study.pdf が参考になる)。
Phase-1で期待される光源スペクトル等はPFシンポジウム報告集 http://pfwww.kek.jp/pf-sympo/19/yukinori1.pdf に含まれている。
新光源施設で展開されるサイエンスに関しては、下記の「おわりに−追記4補足」を参照されたい。
おわりに
施設としては2001年を“将来を考える時機”と考えており、“直線部増強”及び“PF−2”に関するデザインレポートを作成する予定である。外部研究者各位の御理解・御協力をお願いしたい。特に本研究会においては、様々な実験研究の今後の展開のためには、どのような光が必要となるのか、エネルギー・分解能・強度・スポットサイズ・偏光性及びそれらの安定性などについて、できる限り定量的に伺えれば幸いである。もちろん、研究は“光だけ”で済むものではないであろう。実験装置、試料作成・評価装置、その他周辺設備等についてもコメント戴きたい。
メーリングリストで御議論いただくか、個別に電子メール等でお送りいただければ幸いである。
追記4(2002/4/11):第19回PFシンポジウム「外部評価」のセッションでも指摘された通り、残念ながら2001年中にデザインレポートを作成する等、未だ将来計画を明確に打ち立てることができていない。2002年度は、仕切直しとして「将来計画に向けた研究会」を開催することにしているので、上記「入射器に特徴を持たせた蓄積リング型光源」提案をたたき台として議論していただければ幸いである。
追記4補足(2002/7/31):遅きに失した感は否めないが、PFが所属する物質構造科学研究所の運営協議員会の下に作られていた「放射光将来計画WG」の第1回会合が2002年7月11日に開催された。WGのメンバーはPFの松下正副所長、小林正典、大隅一政、野村昌治の3主幹、河田洋、若槻壮市両教授、神谷幸秀加速器研究施設長、また外部から、太田俊明(東大)、雨宮慶幸(東大)、村上洋一(東北大)、小杉信博(分子研)、下村理(原研)、谷口雅樹(広島大)の各氏で、その下に加速器作業G(世話人:神谷)と利用研究作業G(世話人:飯田)を置くことが了解されたとのことである。利用研究Gは、さらにInstrumentation(世話人:野村)、Scientific Case-X(世話人:河田)、Scientific Case-VUV/SX(世話人:柳下)で作業を分担し、当面の目標は“2002年12月を目処に概念計画書をまとめる”ことである。
その中心となるのは、新光源が実現した場合に展開する新しいサイエンスの提案であり、2002年10月からの「PF将来計画に関する研究会」シリーズ
[1]フェムト秒パルス放射光源の開発と新しいサイエンスの展開(10月3,4日)
[2]X線位相利用計測における最近の展開(10月31日,11月1日)
[3]放射光マイクロビームと新しいサイエンスの展開-放射光ナノビームに向けて(11月14,15日)
も、それを考える場となる。
もちろん、PFだけに閉じて考えるのではなく、ユーザー(PF懇談会)及び“新しいユーザー”に参加していただく必要があり、積極的な提案が歓迎されている。
追記5(2003/3/7):上記の検討中間報告がまとまった。下記のリンクを参照されたい。
「放射光将来計画検討報告−ERL光源と利用研究−」
追記6(2003/8/6):2003/8/5にユーザーとの意見交換会が開催され、その後のPFの将来計画に関する状況(半年前とはかなり変わった)が報告された。「外に出しても問題ないと考えられる資料は近日中に公開する」とのことなので、お待ちいただきたい。
追記6補足(2005/7/7):2003/8/5のユーザーとの意見交換会の資料は
http://pfwww.kek.jp/outline/tfohp0805.pdf
に公開されている。
追記7(2005/7/7):あれから2年が経ち、将来計画は紆余曲折を経たが、改めて物質構造科学研究所運営会議の下に「PF次期光源検討委員会」を設けて検討が行われることになった。経緯を紹介する「PF将来計画に関するホームページ」を参照されたい。2005年8月8,9日の日本放射光学会主催「次世代光源計画ワークショップ」(岡崎市)で検討の進捗状況が紹介され、2006年1月の日本放射光学会年会・放射光科学合同シンポジウム(名古屋市)で「中間報告」を行う予定である。